一般社団法人日本植物油協会は、
日本で植物油を製造・加工業を営む企業で構成している非営利の業界団体です。
「植物油っていろいろあるけれど、使い方がもう一つ分からなくって・・・。」
「あのお店の天ぷらは美味しいけど、家庭であの味を出すのは無理よね・・・。」
「油をもっと上手に使うコツってあるのかしら・・・。」どなたでも、こんな疑問をお持ちではないでしょうか?
確かに、油の使い方は調理方法や素材によって千差万別。お料理の本でも丁寧に解説しているものは少ないように思います。
このコーナーでは、「和・洋・中」の料理の達人に「植物油の上手な使い方、生かし方」をお聞きし、皆様の疑問やお悩みにお答えいたします。
食通をうならせる熟練の技を持つ達人たちの「逸品」。その隠された創意工夫の一端を知るだけで、いつもの料理が得意料理に変身するかもしれません。
そして、変身したお味にご家族のみなさんも大満足!さあ!達人の知恵を知り、四季を通じて「植物油を生かした美味しい料理」をお楽しみ下さい。
世の中には精進料理=物足りないというイメージもありますが、古都鎌倉『鉢の木』の精進料理は、ビックリするほどの満足感と美味しさ。身体が温まる丁寧な料理の数々は、どれも日本の食文化の奥深さを感じざるを得ないものばかりです。
「肉や魚を使わずに、基本は、野菜と出汁(※昆布と椎茸が中心)の組み合わせ。けれども、この自然と人間の知恵を極めた料理を味わうと、精進料理は味気ないという先入観は間違っていたと認識していただけると思います」
と語っていただいたのは、『鉢の木』北鎌倉店・塙 省吾さん。その真摯な朴訥とした語り口は、いかにも日本の料理人。この道17年という自信と誇りがにじみ出る風格があります。
はじめにご提供いただいたのは、こちらの創業者が考案された名物「延命袱紗湯葉(えんめいふくさゆば)」。リンゴなど数種の具を半生の湯葉で包みカンピョウで結んで揚げたもので、蝶が羽を広げたような華やかな形と、深遠な味わいを楽しむことができます。
「湯葉の中心に、下ごしらえした7種類の野菜や果物(椎茸・大根・人参・黒豆・リンゴ・インゲン・柚子)を茶巾鮨のごとく包み込みます。そして、酸化や劣化に強い大豆の白絞(しらしめ)油(※下記に注)で、油の温度を170℃~180℃位に保ちながら、中身は柔らかく外側はパリッとなるようなイメージでサッと揚げる。揚げている時間は、ほんの6~7秒位でしょうか。熱々をザクザクと大胆に砕きながら、出汁に浸してお召し上がりいただきます」。
決してストイックなものではなく、ヘルシーでありながら彩りも豊かな一品。白絞(しらしめ)油は、ごま油と組み合わせてドレッシングとしても活用され、クセのある食材をまろやかな味覚に変身させているとも教えていただきました。
「健康によい食事というのは、自然・風土に合った食事、つまり日本人が昔から食べてきているものを指すのではないでしょうか。その点、精進料理は文献によると鎌倉時代からある古いものでありながら、いまの時代が求める“地球にやさしく、人間の身体にもやさしい”という食の理想そのものであると考えています」
続いてご提供いただいた「胡麻豆腐」は、奈良吉野の葛と胡麻と水だけで、長い時間をかけて丹念に練り上げられた一品。少し濃い目の割り醤油とワサビが、その味を引き立てています。
「葛粉を練って、氷水で冷やして固めにプルンとさせるのですが、撹拌(かくはん)する加減によって食感、つまり味わいが大きく異なっていきます。最後の仕上げにごま油を垂らすのですが、その香ばしさが大きなアクセント。植物油は昔と違って揚げたり炒めたりがメインではなく、いまや調味料としての存在価値が高まってきていると思います。菜の花を使った精進料理でも、ごま油と辛子の組み合わせが菜の花の香りを引き立て、菜の花のうま味を一段と凝縮させる役割を担っていますよ」
いまや日本中どこでも楽しめるようになった「けんちん汁」も、こちらの定番メニューのひとつ。鎌倉の禅寺、建長寺の修行僧が作った精進料理として生まれ、「けんちん汁」とは「建長汁」に由来しているとも言われています。
「とくに寒い季節におすすめのけんちん汁は、あらかじめごま油で野菜を炒めるというひと手間を加えることで、野菜のみずみずしさや香ばしさを引き出すようにしています」
『鉢の木』の精進料理は、APEC(アジア太平洋経済協力会議)に伴い来日した各国首脳夫人の昼食としても供され、海外の味覚を意識した品々はファーストレディたちにも好評で、某国の首相夫人は「けんちん汁」をおかわりされたとのこと。
「APECでは、各国で異なる食習慣や宗教上の戒律をクリアするものとして精進料理が選ばれました。旬の野菜を無駄なく美味しく食べる日本の料理の知恵と伝統が、現代にも継承されていることを世界に伝えようと心がけました」
他の国では食べることのない根菜や木の実なども取り入れ、見た目も美しく食べられるよう工夫されたそうです。
「精進料理は極めてシンプルな食材を、多くの制約がある中で調理するため、メニューによっていろいろと工夫しています。こうした中で植物油は、精進料理にとって特に風味付けという視点で欠かすことにできない存在と言えると思います」
鎌倉時代、仏教の厳しい戒律があるとはいえ、野山を駆け巡る武士や庶民、そして厳しい修行に明け暮れる禅宗のお坊さん達は、多くの塩分や栄養を必要としました。そのため禅宗の広まりとともに、精進料理は味つけ、食材ともに大きく発展し、その後の日本料理の原型となっていったそうです。
「精進料理というのは日本に入ってきた当時はものすごく斬新な料理スタイルだったわけですね。食材などの制約はありますが、発想が常に新しいということ、そして新しいものを受け入れていくということが精進料理の軸ではないかと考えているんです。ですから、あれこれダメと言わず、もっと自由に、そして枠のない発想から考え抜いた料理をお出していきたいんです」
こうした「古くて新しい」を標榜する『鉢の木』の象徴的な一品が、最後にご提供いただいた「水菜と焼き椎茸のポン酢和え」。このメニューには、オリーブオイルを積極的に活用されています。
「京都産の水菜をおひたしにし、伊豆産の椎茸を焼いて余分な水分を飛ばしながら組み合わせます・・・。そこへポン酢とオリーブオイルを組み合わせた滑らかなドレッシングをかけ合わせることで、素材が持っている本来の美味しさや食感を引き出していきます。このポン酢とオリーブオイルの組み合わせは万能型ですから、刺身や天ぷら、炒め物まで、幅広く使用することができるんです」
春には一斉に芽をふきだす草木の新芽、夏には青々と育った緑の葉物、秋には自然の恵みをたっぷり受けた果実類、そして冬には身体を芯から温める根菜類・・・。四季を感じ、流れに逆らわない材料で、自然に献立が調えられていきます。
「精進料理の真髄とは、その時期の旬のものを選び、その土地のものを無駄にしないで、自然に逆らわないということ。こうした精進料理の心は、食料危機が危惧される現在において、非常に重要な考え方ではないかと思っています」
※注:白絞(しらしめ)油は油脂業界で伝統的に用いられている用語で、JAS規格では“精製油”に該当するものです。
創業1964年。始まりは創業者の千葉ウメ氏が一家を支えるために起こした、おにぎりと野菜の精進揚げのお店。
かつて鎌倉時代に諸国行脚の旅をしていた北条時頼が、上野国佐野で大雪に遭い、通りがかった家に宿を乞うたところ、宿の主・佐野源左衛門常世は、貧しい生活ながらも粟飯を炊き、宝物として大切にしていた梅、松、桜の三本の鉢木を惜しまず焚いて、見ず知らずの旅人である時頼をもてなしたと伝えられ、この話は謡曲にもなり、古くから日本の美談のひとつとして語りつがれた。『鉢の木』という屋号には、本店を北条時頼の建立になる「建長寺」門前に創業したことから、この古事にちなみ「お客様を心をこめておもてなしする」という気持ちが込められている。
※『鉢の木』ホームページはこちら http://www.hachinoki.co.jp/