一般社団法人日本植物油協会は、
日本で植物油を製造・加工業を営む企業で構成している非営利の業界団体です。

練の技に学ぶ、植物油の生かし方 職人の知恵袋

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「植物油っていろいろあるけれど、使い方がもう一つ分からなくって・・・。」
「あのお店の天ぷらは美味しいけど、家庭であの味を出すのは無理よね・・・。」
「油をもっと上手に使うコツってあるのかしら・・・。」どなたでも、こんな疑問をお持ちではないでしょうか?
確かに、油の使い方は調理方法や素材によって千差万別。お料理の本でも丁寧に解説しているものは少ないように思います。
このコーナーでは、「和・洋・中」の料理の達人に「植物油の上手な使い方、生かし方」をお聞きし、皆様の疑問やお悩みにお答えいたします。
食通をうならせる熟練の技を持つ達人たちの「逸品」。その隠された創意工夫の一端を知るだけで、いつもの料理が得意料理に変身するかもしれません。
そして、変身したお味にご家族のみなさんも大満足!さあ!達人の知恵を知り、四季を通じて「植物油を生かした美味しい料理」をお楽しみ下さい。

第5回 老若男女に愛される、レトロでモダンな洋食”
サラダ油がキャベツを引き立てる、名物のコールスロー
東京・日本橋『たいめいけん』・・・茂出木浩司さん

東京・日本橋の『たいめいけん』と言えば、日本を代表する洋食屋さん。かつて作家・池波正太郎や、映画監督・小津安二郎などにも愛された“日本人のための洋食”を、昭和初期から頑なに守り続けています。

「『たいめいけん』は、私の祖父である初代の茂出木心護が、京橋通りにあった泰明軒本店からのれん分けしてもらったのが始まりです。最初は新川にあって、新川というのは芸者衆が行き交うにぎやかな町で、その芸者さんたちのために、たっぷりの卵の中にほんの少しトマトライスを入れて上品なオムライスを作ったり、薄いトーストに黒みつを塗ったみつぱんなどを出して、一風変わった洋食店として人気を集めていたそうです」

と語っていただいたのは、『たいめいけん』三代目の茂出木浩司シェフ。跡取りでありながらも皿洗いから修業を始めて料理家としての舌を研ぎ澄ましながら、時代に合わせて、メニューも味も改良を加えてこられました。

ボルシチと並び『たいめいけん』の名物料理である「コールスロー」。“酢油キャベツ”という呼び方で親しまれてきた。

「この店を代表するメニューのひとつにコールスローがありますが、日本橋に『たいめいけん』がオープンした当時の値段(50円)のサービス価格で提供しています(※単品でのオーダーは不可)。来てくださるお客様への感謝の気持ちです。コールスローはキャベツを中心として、タマネギやニンジンなどを入れた酢漬けですが、あまり酸っぱく感じられないのは、隠し味に砂糖が入っているからなんです。時代の変化に合わせて調味料の配合にも変化はありますが、その詳細は企業秘密ですね・・・(笑)」

香り野菜の香りがさらに立つこの手法により、一段と食欲も増していくとのこと。いわゆる“お店の味”を出すのは難しいと思われている主婦このシンプルな料理ほど奥が深いことを痛感するコールスローを、砂糖とともに、さらに絶品に仕上げている調味料が、サラダ油。茂出木シェフに、サラダ油についてうかがってみました。

「サラダ油はとても油切れが良いので、さっぱりとした食感を保ちながら、あえて主張することなくキャベツのうま味を上手に引き出してくれます。通常はマヨネーズとお酢をベースに作るのですが、うちでは砂糖とサラダ油を入れるんです。サラダ油の量はちょっとびっくりする位の多めの量ですが、キャベツからシャキシャキの清涼感と自然な甘みを引き出してくれる。まるでキャベツという名のフルーツを食しているかのような新鮮な味わいと言えるかも知れません」

コールスローのような野菜の酢漬けは、多めに作って冷蔵庫に保管すれば、2~3日はおいしくいただけるもの。サラダ油は、このコールスロー以外にもバターと併用しながら様々な洋食メニューに活用されているそうです。

「たとえばビーフポテトコロッケの場合、フライパンに強火でたまねぎとローリエを炒める工程があるのですが、はじめに薄くサラダ油を引いて素材のうま味を閉じ込めてからバターを落とすと、バターを焦がすことなく素材とバターの風味を生かすことができます。カロリーを気にして大量のバターを嫌うお客様も多いですから、サラダ油を活用することも多いんですよ」

揚げ物には、サラダ油とパーム油をミックス

『たいめいけん』には、コロッケ以外にもエビフライやチキンカツなど、揚げ物のメニューが充実しています。揚げ物に関して、どのように植物油を使われているのかをうかがってみました。

「揚げ物のポイントのひとつに油の温度がありますよね。ご家庭ではパン粉を油に落とした時、少し落ちてすぐに上がってくる位の中温(170~175度)を目安にされると良いでしょう。揚げる少し前から油の温度を上げて、高い温度の時に揚げ物を取り出すと油切れが良く、カラッと揚がります。またご存知かも知れませんが、揚げている途中で次の材料を入れたり、油を足したりするのは禁物ですよ」

同じ揚げ物でも天ぷらの場合には、ごま油に油切れを良くするため癖のないサラダ油を混ぜると、カラッとして胡麻の風味が利いた天ぷらができると言われていますが、こちらでは揚げ油に何か工夫をされているのでしょうか。

「私はサラダ油とパーム油をミックスしてカラッと揚げるようにしています。パーム油はあまりご家庭では使われていないと聞いていますが、時間が経っても料理がベトつかないので、お惣菜とかお弁当にも適していると思いますよ」

続いてご紹介いただいたのは、「タンポポオムライス(※伊丹十三風)」。映画「タンポポ」に登場し、このお店の2階が撮影場所となったのがキッカケでメニューとして存在しています。

「ふつうのオムライスは、ケチャップライスを薄い卵焼きで包んだ料理ですが、これはフワフワの卵焼きがチキンライスの上にのり、その卵がとろとろの状態で開いて、チキンライスの上に広がります。バターの風味を生かした味付けがベースではあるのですが、ご家庭では溶き卵をつくるとき、バターだけでなくサラダ油を少々を入れて混ぜると乳化が進み、さらにとろみがアップしてフワフワの卵焼きが出来上がるのではないかと思います」

と語っていただいた茂出木シェフ。半端ではなく柔らかい玉子の表面にナイフを入れると、半熟の中身が湯気とともに綺麗に露出し、チキンライスと合わせて食せば、すぐに幸せな気持ちが訪れるオムライスでした。

よく炒めた玉ねぎと、口にした時に広がるバターの風味が味の決め手の「タンポポオムライス」は、ちゃんと火が通っているのに柔らかさを失ってはいない。

「経験」と「感性」と「気持ち」が、料理をおいしくする
サラダ油で両面を焼いてしっとりとした衣に仕上がった「子牛のカツレツ」は、中からチーズがトローリとろけ出てくるのが特徴。

かつて池波正太郎は「むかしの味」という著書の中で、「この洋食には、よき時代の東京の、ゆたかな生活が温存されている。物質のゆたかさではない。そのころの東京に住んでいた人々の、心のゆたかさのことである」と記しています。はたして茂出木シェフは「洋食」をどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。

「私は洋食って何?と聞かれたら、ごはんに合う家庭の味で、和食とは違う日本の料理です、と答えています。日本人が試行錯誤しながら作り上げた、日本人の主食であるごはんに合う料理、それが洋食なんですね」

それでは、洋食メニューをおいしく作るヒケツとは、どんな事なのでしょうか?

「一言で言えば、経験と感性と気持ちでしょうか。たとえばご家庭でステーキ丼をお子様に作るとして、ステーキをごはんの上に乗せるだけでは、いわゆる“牛丼”と変わりませんよね。そこで栄養バランスを考慮して野菜を組み合わせてみようと発想し、にんにくにオリーブオイルを加えてトマトやルッコラを和えて、それをステーキに添えたりできれば、お子様でも生野菜が食べやすくなります。とにかく、もっともっと、おうちで洋食を作ってほしい。洋食は今や他のどんな料理よりも“おふくろの味”になっていますから・・・。毎日食べても全く飽きることは有りませんしね」

茂出木シェフは新店舗や新業態の開発にも意欲的に取り組まれており、2001年には日本橋・三越本店に惣菜の「デリカテッセン・ヒロ」を出店。最近では、JALの国際便の機内食の商品開発に携わるなど、常に新しい料理の探求に努めておられます。

「老舗というブランドだけで生きていくというのは危機感がありますね。世の中には新しいお店がいっぱいできているので、そこに埋もれたくはない。洋食の可能性を限りなく広げていくためにも、いつでも挑戦していたいんです」

茂出木浩司さん プロフィール 日本橋『たいめいけん』茂出木浩司さん

1967年6月2日生まれ(42歳)
小学生の頃から厨房に入り、高校卒業後に渡米しレストラン修業を経て、1994年に老舗洋食レストラン「たいめいけん」三代目として店を引き継ぐ。
代々の伝統の味を守りつつ、新しいものも積極的に取り入れたいとの願いから、日本橋・三越本店にテイクアウトのそうざい屋「デリカテッセン・ヒロ」をオープンするなど、常に新しい料理の探求に努める生粋の料理人。
料理教室、雑誌、テレビなどでも講師として活躍中。趣味のカイトボーディングは、日本でも屈指の腕前とのこと。