一般社団法人日本植物油協会は、
日本で植物油を製造・加工業を営む企業で構成している非営利の業界団体です。
モノの値上がりが続く中、その影響は私たちの食にも及んでいる。さまざまな食品に活用されており、食生活に身近な存在である「植物油」も例外ではない。
植物油の原料は菜種・大豆・パーム・こめ・とうもろこし・オリーブ等で、そのほとんどを輸入に頼っている。
そのため、近年の気候変動やロシア・ウクライナ戦争といった地政学的リスク、世界的な人口増加によって、需要と供給のバランスは不安定になる一方だ。
食用以外に燃料用としての利用も拡大していることも相まって、需給が逼迫している。
私たちの食に欠かせない植物油には、どのような価値があり、今どのような課題に直面しているのか。有識者の解説を交え、考えていく。
植物油とは読んで字のごとく、植物の実や種などから圧搾・抽出・精製される油のことだ。
天ぷらやフライの揚げ物や炒め物だけでなく、マヨネーズやドレッシング、マーガリン、パン、菓子、コンビニおにぎりのお米のコーティング等、日頃から口にする食べ物の多くに利用されている。
一方で、その栄養的価値については、よく知らない人も多いのではないだろうか。
脂質は人間の身体に必要な「5大栄養素」の1つであり、なおかつ主要なカロリー源となる「3大栄養素」の1つでもある。
中でも植物油は、後述するように健康維持に欠かせない成分を多く含んでいる。それもあって、多くの食品に使われているというわけだ。
日本で親しまれている植物油にはさまざまな種類がある。それぞれの特徴は以下の通りだ。
女子栄養大学教授で、脂質栄養学を専門とする川端輝江さんによると、日本の家庭で特に使われているのは「菜種油」が多く、飲食店などの業務用として「大豆油」も多く使われているという。
そのほか、ゴマ油、オリーブ油、こめ油など、調理に直接用いられる植物油は多くあり、マーガリンやマヨネーズ、ドレッシングといった加工食品にも、多くの植物油が活用されている。
また昨今、多くの外国人が日本を訪れているが、日本で外国人に人気の天ぷら、トンカツ、唐揚げ、ラーメンといったメニューにも植物油は欠かせず、需要を増やしている。
(写真:Promo_Link / iStock)肉類などに含まれる動物性脂肪が「飽和脂肪酸」を多く含むのに対し、植物油は「不飽和脂肪酸」を含むのが特徴だ。
不飽和脂肪酸にもさまざまな種類があり、植物油は、特に「リノール酸」や「オレイン酸」「α-リノレン酸」などを豊富に含む。
これらは血中コレステロールの減少や動脈硬化予防に効果があると言われている。
前出の川端さんは、それぞれの働きについて次のように解説する。
「オレイン酸は、悪玉コレステロールと呼ばれるLDLコレステロールを下げてくれます。
体脂肪や血液の中にも含まれていて体内でも合成でき、酸化されにくいため、安全性が高いです。
リノール酸は、オメガ6とも呼ばれている不飽和脂肪酸です。動物性食品に多く含まれる飽和脂肪酸を、植物油のリノール酸に置き換えると、悪玉コレステロールがよく下がるという研究結果があります」
また、酸化や熱に強く、加工用や業務用、フライなどに多く活用されているパーム油は、比較的、飽和脂肪酸を豊富に含む植物油だ。
油やしから作られており、約半分が飽和脂肪酸、もう半分が不飽和脂肪酸のオレイン酸で構成されている。
油やしの実(写真:Joa_Souza / iStock)「ほとんどの植物油が液状であるのに対し、パーム油は固形であり、近年使用量が増えてきた油脂の一つです。
安価なうえ、揚げ物などに使うとサクサクとした食感が楽しめます。
半分が飽和脂肪酸であるパーム油は、酸化しにくいのもポイント。加工食品や外食産業などでの活用が広がっています」(川端さん)
植物油には、こうした栄養素のみならず、甘み、塩味、酸味、苦味、旨味に続き、植物油はほかの食品をおいしくする第6の味覚とも言われている。
揚げ物や炒め物など、定番の料理を作るのに欠かせないように、植物油は食材の味わいを引き出し、おいしさを支える素材として、家庭における調理や加工食品製造など、その用途を広げている。
原料や味わい、保存期間など、さまざまな種類の植物油が各メーカーから販売されている昨今。健康状態やレシピなどに合わせて、上手な商品選びをしたい。
(写真:alvarez / iStock)なお、日本人が摂取している油のうち、調理に使う「見える油」の量は約1/4で、食品そのものに含まれている「見えない油」が約3/4を占めるという。
健康やダイエットのために脂肪を摂りすぎないようにと目先の「見える油」だけを減らすのではなく、「見えない油」も意識しつつ、バランスよく摂取することが肝心だ。
植物油は料理のおいしさを支え、たくさんの栄養素を含んでいることから、 他のものに代替が利かず、日本の食卓に欠かせない存在。しかし、原料のほとんどは海外からの輸入で成り立っているのが現状だ。
これまではメーカーの努力によって安定的に提供されてきたが、世界的な人口増加や、植物油の「食以外の用途の拡大」などにより、近年は需給バランスが崩れてきている。
これが、近年の価格上昇の大きな理由だ。以下で、その背景を詳しく見ていこう。
<価格上昇要因①>一過性ではない「需要増」
国連食糧農業機関(FAO)は、世界の人口増加に食糧の生産が追いつかず、飢餓地域・飢餓人口が増えることを警告している。
中でも植物油は、人間に欠かせない栄養素を持つことから、一貫してグローバルの需要がある食品だ。
また、カーボンニュートラルが浸透していく中、化石燃料の代替となるバイオディーゼル燃料にも使われているため、工業需要も増加している。こうした需給バランスの変化は、一過性のものではなく、今後も続くと考えられる。
<価格上昇要因②>複数の要因が絡む「供給難化」
植物油の原料を栽培する世界各地では、天候不順や温暖化、戦争などで生産に打撃を受けている。
また、世界的にSDGsの機運が高まったことで、森林伐採によって農地を拡大したり、化学肥料を増やして生産性を向上したりすることが難しくなった側面もある。
そのため、植物油の原料供給を大幅に増やすことは難しい状況だ。
原油高などによる輸送コストの増加や、労働力減少による人件費の高騰に加え、日本では円安への為替の変動も、ここに追い打ちをかける。
(写真:alvarez / iStock)経済アナリストの森永康平さんは、植物油の価格高騰について「不運が続いた印象だ」と語る。
「例えば、菜種の輸出国は、カナダやオーストラリアに次いでウクライナが存在感を見せていますが、ロシア・ウクライナ戦争によって物流の停滞が起こっています。
また、同じくウクライナで多く輸出されているひまわり油の供給が、一時需要に追いつかなくなるなど、植物油の供給は世界情勢に大きく影響を受けてしまいました。
バイオ燃料のような工業需要があることも、植物油の価格が上昇しやすい一因です。
もちろん、天候要因も見過ごせません。2021年にアメリカやカナダで起きた深刻な干ばつや、ブラジルの天候不順によって、大豆の生産量が落ち込みました。
気候変動は人間がコントロールできない部分であり、年々異常気象が増えていることを鑑みると、天候条件による価格上昇圧力はこれからも増していくと考えられます。
また、2022年にはインドネシアで、国内の安定供給やインフレ抑制を理由に、パーム油が輸出制限を受けました。
植物油は、そうした地政学や天候のリスクを受けやすいと言えるでしょう」(森永さん)
こうした影響に加え、急速な円安も進行した結果、日本で安定的に植物油を供給するためには、ある程度販売価格を上げる必要が出てきている。
植物油は、2022年に6度の値上げが行われた。しかし森永さんは「この値上げは利益率を上げるためではなく、安定供給を目指した“やむを得ない”値上げ」だと分析する。
「日常的に料理をする家庭なら、おそらく2カ月に1回程度、年間6回は植物油を購入するでしょう。そのため、昨年は油を買いに行くたびに値段が上がっている、といったことが起きてしまいました。
現在、消費者物価指数の上昇率は前年同月比で3.5%前後ですが、頻繁に購入する食料品と比べると、植物油の値上げ幅は率でみると平均よりも大きく、『買うたびに値上がりしている』という体感を、どうしても得やすい。
(写真:sergeyryzhov / iStock)しかも、植物油は家庭だけでなく、外食や中食でも活用されています。
そのため、植物油の価格上昇によって、外食の値段が上がったり、お惣菜の価格は同じなのに容量が少なくなったりと、これまでとは違った形でのインフレに直面する可能性も高いでしょう。いわゆるステルス値上げです」(森永さん)
ただし、次のグラフを見ても分かる通り、実は日本国内における植物油の価格は、世界的に見ると安価で推移してきていた。
その背景には、原料調達先の多様化や生産効率の向上、物流効率の改善、商品価値の向上といった、各メーカーのさまざまな努力がある。
特に、土地が狭い日本では、国内生産品に原料を転換することで食料自給率を上げることにも限界がある。
したがって原料を輸入品に頼ることになるが、前述の通り、世界的に見ても生産面積を拡大するハードルは高く、また生産労働人口の伸び率も鈍化していることなどから、原料の需給は逼迫傾向にあるのが現状だ。
そのような中で、私たちの食を支える植物油を今後も安定的に食卓に届けるには、何が必要なのだろうか。
「まず消費者は、植物油は生活必需品だから値段が上がりやすい、という考え方に切り替えなくてはなりません。
物価は需要と供給のバランスで決まっていくものなので、植物油には大きな需要がある分、安定した供給を実現するためには販売価格を上げざるを得ない。
日本人にはデフレマインドが染みついており、それを受け入れるのがなかなか難しかったのですが、電気料金しかり、少しずつ『モノやサービスの値段は上がるのだ』という思考に変わってきているように感じます。
(写真:alvarez / iStock)これまでは、日本人の多くがデフレ思考によって『今買うよりも来年買ったほうが安い』と考え、企業はそれに応えようと値下げ努力をしてきました。
原材料のコストが下がらないのに値下げをすると、当然利益が減ってしまうので、人件費を削らなければならなくなる。
すると所得が下がるから、またモノを買ってもらえるまで値段を下げるという、デフレスパイラルに陥っていたのです。
しかし、直近約1年間で物価が少しずつ上がっているのは、このデフレマインドからの脱却のチャンスと言えます。
ここから『値上げされる前に、今買おう』と消費が前倒しされ、モノが売れるから生産が増え、人件費が増え……という、いい波に乗っていけるかどうかが大事です。
多くの企業はすでに業務効率化やコスト削減などと打てる手は打っているので、しばらくは国が金融政策、財政政策の両輪で日本経済自体を成長させることで、企業が事業を拡大しやすいようにサポートするべきタイミングだと考えます」(森永さん)
もちろん、必要なのは消費者のマインドチェンジや国の後押しだけではない。
業界団体である一般社団法人日本植物油協会および会員メーカー各社も、植物油の現状や今後を見据え、さまざまな対策を取っている。
植物油業界は日本のフードシステムのコア産業の一角を占める存在であり、人々の命と健康を支える、価値ある植物油を、安心・安全・安定的に届ける責任を負っており日々努力をしています。
今は生活様式や食スタイルも含め、大きな変革の時期を迎えています。安全・安心と健康の維持向上に対するニーズが、いっそう高度に、複雑化してきているのです。
植物油を取り巻く不透明な経済環境に加え、市場情勢のこうしたパラダイムシフトと向き合いながら、各社はそれぞれの原料の価値にふさわしい適正価格実現の取り組みを粘り強く継続していきます。
すでに国内の植物油メーカーは、品質向上やおいしさを活かした利用法の提案、商品開発に努めるとともに、保存期間の延長技術や脱炭素燃料化への取り組みなど、地球環境に対しても深い配慮をしています。
さらに企業間の連携を強めることで、より最適なサプライチェーンの創出や、業界全体の発展にもつながっていくでしょう。
人々の健康に対する意識の高まりの中、植物油の機能が見直され、家庭での活用が増えているのはとてもうれしいことです。
事実、日本は世界でもっとも幅広い種類の植物油を利用し、日本型の食生活を洗練・進化させ、健康増進に役立てている長寿国と言っても過言ではありません。
こうした潮流を一時のブームで終わらせることなく、植物油業界はさらなる努力を重ねていきます。(一般社団法人日本植物油協会)
外的要因の積み重ねにより、需給の逼迫、そして価格上昇にさらされている植物油。
しかし、日本の食卓に欠かせないこのアイテムを安定的に食卓へ届けるため、各社は引き続き努力を重ねていくという。
私たちが享受している、おいしく健康的な食生活を次世代にもつないでいくためにも、植物油のボトルの向こうで今起きていることを意識していたい。