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-植物油の美味しさ大発見-

~シェフ御用達の植物油のおいしい魔法~
Vol.5「とんかつの名店はサラダ油で軽やかに」

Vol.5「とんかつの名店はサラダ油で軽やかに」

油に対してもつイメージは人それぞれだ。世界的な健康志向の高まりと共に、油──とりわけ植物油に注目する人が増えている。また、オリーブ油にごま油など、料理によって複数の植物油を使い分けるのも、今では決して珍しいことではない。 数多の植物油が手に入る時代に、植物油とどのように付き合っていけばいいのか。油に長けたプロの料理人に、油に対するこだわり、また、家庭で植物油を上手に使いこなすためのアドバイスを尋ね、植物油を使った逸品を紹介する全5回の連載。

最終回のVol.5は、浅草のとんかつ店「とんかつ ゆたか」をピックアップする。古今亭志ん朝師匠(3代目)もたびたび訪れ、ミシュランのビブグルマンにも選出された同店のとんかつは、「軽やかにいただける」「胸やけしない」と評判だ。とんかつと油は切っても切り離せないもの──。70余年にわたって、こだわりのとんかつを提供してきた同店では、油とどのように付き合っているのだろうか。3代目店主の稲吉修さんに話を聞いた。

profile

とんかつ ゆたか 店主 稲吉修

とんかつ ゆたか 店主 稲吉修

「とんかつ ゆたか」3代目。サラリーマン経験を経て、飲食業に従事するようになり、10年ほど前、父、兄を継ぎ、「とんかつ ゆたか」の店主となった。定期的に近所のジムに通い、特に水泳は「20年以上やっています! クロールがメインですが、背泳ぎも泳ぎますよ」といい、シニアの大会にも出場するほどの実力。共に店を切り盛りする次男と、リサーチを兼ねて、食べ歩きにも出かける。

食通も足しげく通った、浅草で創業70余年のとんかつの名店。

一歩、路地に入っただけでこれほど静かになるものだろうか。観光地・浅草の喧騒から離れた、小道に佇む名店だ。創業は戦後まもなく。食材も満足に手に入らなかった当時、コークスで火を確保し、とんかつを揚げていたという。

そもそも「ゆたか」という店名はどこから来ているのだろうか。

稲吉さん:諸説あるのですが、私の母が『とんかつを食べて、心ゆたかになってもらえるように』と名付けたという説が有力なようです。

美味しく安全で、多くの人に喜んでもらえるとんかつを提供すべく、夫婦はさまざまな店を食べ歩き、研究を重ねたそうだ。

稲吉さん:開業当初は、まだ専門店の食堂は少なく、寿司屋がてんぷらを出したりと、どの店もいろいろな料理を提供する時代でした。私どもの店でも、私が子どもの頃は、ステーキやオムレツを出していた記憶があります。とんかつに特化するようになったのは、50年ほど前だったと思います。

コロナ禍でインバウンドのゲストは減ったものの、東京随一と称される同店のとんかつを食そうと、今日も多くの人が「とんかつ ゆたか」に足を運ぶ。店内に入って驚くのは、昭和の趣きを残す建物に漂う身を正されるような清潔感だ。日々、丁寧に掃除をしていることは誰の目にも明らかで、気風のいい、なんとも粋な空気が漂っている。

さて、肝心の「揚げる」作業だが、肉に塩で下味をつけ、自家製造の国産小麦パン粉をまとわせ、10分ほど時間をかけて丁寧に揚げている。揚げ油はサラダ油(綿実油)。これにほんのわずかにラードを加えているそうだ。

稲吉さん:初代の頃からこのやり方です。ラードの量を多くしたり、フライヤーを使ったりと、ほかの方法も試してみましたが、やはりこのスタイルがいちばんしっくりきます。最近は油を使わない揚げ物がありますが、それだとやはり油の風味豊かな味わいがしないんですよ。

揚げる工程を見せてもらったが、まるで水のように透き通った油で、時間をかけて揚げ、そして、その後、丁寧にパン粉の屑を払っていた。大切に、大切に油に向き合っている。それが料理の仕上がりにしっかり反映されている。

「ゆたかのロースかつは美味しい」、その秘密はテクニックとサラダ油。

同店の人気を二分するのは、ロースかつとヒレかつだ。脂っぽさが苦手で普段はヒレを選ぶという人でも、「ゆたかのロースかつは美味しい」という声もよく聞く。食べてみると、その理由がよくわかる。

衣はしっかりさくっと揚げられているのに、その中のロース肉は、ほんのりピンク色に色づいていた。抜群の火入れだ。そして脂が実に美味しい。脂身をかみしめると、口内に上質な甘みがじゅわっと広がる。

70年以上も前から、すでに現在の「ゆたか」のとんかつの原型は出来上がっていたという。70余年こだわり続ける、サラダ油(綿実油)には、どのような利点があるのだろうか。

稲吉さん:ラードは、衣はよく張り付くのですが、脂っぽさで胃もたれしてしまうという人もいます。サラダ油(綿実油)は、パン粉が付きづらいので揚げる際に多少のテクニックが必要になりますが、やはりさっぱり揚がるのが最大の利点だと思います。年配のお客様にも、「ここのとんかつは胸やけがしないよ」と言っていただくことも多いんですよ。

歯切れのいい繊維が存分に味わえる、絶品ヒレかつ。

瑞々しく、そしてしっかり歯ごたえがあり、肉本来が持つ味わいや、歯切れのいい繊維が存分に味わえるヒレも秀逸だ。

テーブルの上には藻塩が用意されていた。まずは何もつけずに、もしくは藻塩で。その後、さらっとしたウスターソースでいただくの同店の流儀だ。好みによりとろみのあるとんかつソースを提供してもらうこともできるが、同店の軽やかなとんかつには、やさしい甘みを持つウスターソースが合うと思う。

キャベツや直火焼きで炊くご飯、豚肉についても、同店ならではの確かなこだわりは、随所に見え隠れする。

稲吉さん:私どもは、キャベツは水にはほとんどさらしません。水につけすぎると、味が抜けてばりばりになってしまうので、さっとくぐらせる程度で、しゃきしゃき感を保っています。また、キャベツは季節によって出来が違います。冬のキャベツは少し厚いので、いつもより細かく切るように心がけています。ご飯は、お客さまの様子を見ながら、こまめに炊くようにしています。豚肉は、長年、群馬県産のやまと豚を中心に使用しています。肉本来の甘みが感じられる国産豚です。お客様には、「やはり肉の味そのものが違う」と言っていただいています。

ロースかつとヒレかつ、どちらをオーダーするかついつい迷ってしまう。そんな時間もまた、とんかつ専門店を訪れることの醍醐味だ。もし2人で訪れたなら、ぜひ両方頼んでシェアをおすすめしたい。

万人に愛される海老フライ。素材の旨みを引き出すのもサラダ油。

とんかつ以外のメニューの中でも、海老フライは不動の人気。大ぶりのネタが、とんかつに負けない食べ応え。同店では、海老フライ、帆立フライ、カキフライ(10~3月のみ提供)に使用するマヨネーズも手作りしている。

稲吉さん:海老、帆立などの海鮮素材では、サラダ油のさっぱりとした仕上がりがより際立ちます。自家製のマヨネーズには、揚げ油とは別のサラダ油(綿実油)を使っています。油と卵を混ぜ、お酢と塩、砂糖を加えるというシンプルな作りですが、最後にちょっとした隠し味を加えて仕上げています。

自家製のマヨネーズは、コクがあり、まろやかだ。そして、海老フライもカキフライもずいぶん大きい。稲吉さんにそう伝えると、「そうなんです、普通のものよりかなり大きいでしょう!」と、誇らしげな笑顔をのぞかせた。とんかつを揚げるのと同じ衣、油を使っているものの、海鮮素材の味わい、食べ応えともに十二分の存在感を放つ。むしろ、ほどよく油を含んでいながらも、軽やかな衣が素材の美味しさを引き立てている。

最後に、揚げ物のプロである稲吉さんに、家庭で上手に揚げ物をする方法について尋ねた。

稲吉さん:さくっと揚げるためには、具材を入れる時と引き上げた時の温度が同じであることが望ましいんです。揚げている途中で温度が下がるのは構わないのですが、引き上げた時に温度が下がっていると、からりとは揚がりません。そのためには深い鍋を使い、たっぷりの油で揚げるのが一番なのですが、一般のご家庭ではもっと効率のよい調理方法が望ましいですよね。であれば、たとえば、発想を変えて、欧米の方のように、フライパンなどで揚げものをしてみてはいかがでしょうか。温度変化が最小限となるので、さっくり、美味しく揚げることができると思います。

子どもから大人まで万人に愛される揚げ物は、家庭料理でもぜひマスターしたいレシピのひとつ。プロ直伝のフライパン調理にも一度挑戦してみてはいかがだろうか。肉に火を通しやすくするため予め下準備をするなど、普段と違った工程が必要にはなるが、衣のさくっと感が楽しめそうだ。百聞は一見に如かずならぬ、百聞は一口に如かず。まずは一度、熟練のプロの揚げたとんかつを味わいに、同店に足を運んでみて欲しい。

文・長谷川あや、写真・中庭愉生
取材協力:一般社団法人 日本植物油協会

restaurant information

とんかつ ゆたか

住所:東京都台東区浅草1-15-9
Tel:03-3841-7433
営業時間:ランチ11:30~14:00 L.O.
ディナー17:00~19:30 L.O.
定休日:水曜日、木曜日
席数:36席

※コロナ禍により営業時間やメニューに変更がある可能性あり。事前に直接店舗に要問合せ。