一般社団法人日本植物油協会は、
日本で植物油を製造・加工業を営む企業で構成している非営利の業界団体です。
プロが選ぶには訳がある
-植物油の美味しさ大発見-
ヘルシー志向や食の多様化に伴い、植物由来の油が改めて注目されているなか、まだまだ知らない種類の油があったり、オリーブオイル、亜麻仁油、ごま油など馴染みのある植物油にもきっと知られざる一面があるはず。
この短期連載では、日々、そんな植物油を使っている達人のお店と、いち推し料理を紹介するとともに、家庭で油を上手に使うコツを伺っています。
今回は、美食の街として知られるバスク地方で修業をした、オーナーシェフである和田直己さんが、2013年に渋谷区東にオープンした「サンジャン・ピエドポー」をご紹介します。
※トップ画像:小エビとタラのピルピル(2人前)3,000円
「サンジャン・ピエドポー」──。「渋谷にものすごく美味しいバスク料理を出す店があるよ。ランチもとってもお得!」と、食いしん坊の友人に言われて、気になっていたレストラン。
バスク地方は、フランス南西部とスペイン北東部の国境地帯に広がっているエリア。バスク人と言われる人々は中世より独自の文化を持ち、食に対する誇り、自然の恵みの大切さ、伝統に対する信念を持ち続けているそう。
日本ではバスクチーズケーキで知られていますが、「美食の宝庫」と言われる食材を生かし、それぞれの国の影響をお互いに受けて個性的な料理が発展、世界の料理をリードしてきたバスク料理。
今回お伺いした「サンジャン・ピエドポー」は、オーナーシェフである和田直己さんが、バスク料理を志すきっかけとなった、ピレネー山脈に囲まれたフランスの自然豊かな美しい宿場町の地名が店名になっています。
オーナーシェフの和田直己さん
19歳で料理の道に入った和田さんは、都内のレストランで働いた後、2003年に渡仏。バスク地方のミシュラン1つ星レストラン「オテルデピレネー・シェ・アランビット」(現「ファミーユ・アランビット」)などで研鑽を積み、2007年に帰国します。その後、青山の「アバスク」(現「アバスク イチャスエタメンディ」)で料理長として勤務。独立し、2013年2月に、「サンジャン・ピエドポー」をオープンしました。
フレンチバスクを愛してやまない和田さんの料理がとびきり美味しいのはもちろん、物価上昇が止まらない昨今において、手間暇をかけたお料理を現実的な価格帯で提案しているところにも心意気を感じます。
「美味しいものを、適正な価格で提供したいんです」と語る和田さん。たとえば、ランチの「バイヨンヌ」は1,800円。メインディッシュと食後のお飲み物のほか、前菜かデザートを選べるのですが、手作りのパンも付き、ボリューム満点です。サラダにラタトゥイユやニンジンのラペ、豚肉のリエットが付いた前菜も食べ応え十分──ランチから思わずワインをオーダーしたくなる味と充実ぶりです(笑)。ディナーメニューの前菜(タパス)盛り合わせ5種3,000円(2名分)もしっかり量があります。渋谷と恵比寿の中間という立地を含めて、かなりリーズナブルなのではないでしょうか。
タラのコロッケ
「サンジャン・ピエドポー」では、植物油はオリーブオイル、そしてキャノーラ油を使用しています。今回は、その2つの油を使った料理を3つ、ご紹介しましょう。
ひとつは、バスク料理には欠かせない「タラのコロッケ」(4個880円)。「タラのコロッケ」というと、ポルトガル料理を思い浮かべる人も多いかもしれませんが、タラは、海の食材にも山の食材にも恵まれたバスク地方でもよく食べられる食材です。
「バスクにいた頃、まかないでよく食べていた懐かしい味。修行していた『オテルデピレネー・シェ・アランビット』に昨年行った時は前菜の盛り合わせに入っていましたよ」
「サンジャン・ピエドポー」の「タラのコロッケ」は、じゃがいもを使っていないのが特徴。タラとタマネギ、パン粉を使用。これをオリーブオイルとキャノーラ油をブレンドした油で、からっと揚げています。
2つの油を混ぜているのは、「タラの美味しさを前面に出したいため」だとか。
「『カプレーゼ』など、オリーブオイルの風味を最大限に出したい料理もありますが、この『タラのコロッケ』の主役はタラ。白身魚の優しい味を味わってもらいたいので、オリーブオイルの香りなどの個性はあまり強く出したくないんです。とはいえ、コクを出すためにオリーブオイルは欠かせません。そのため、キャノーラ油とブレンドして使っています」
2つの植物油を合わせ、それぞれの“いいところ”を料理に生かすという和田さんのテクニックは、「ご家庭でも活用できると思います」。
「キャノーラ油やひまわり油は個性が強くないので、ブレンドする油として適しているんです。僕の場合は魚料理に使うことが多いですね」
双方の油に敬意を払う、プラス思考の「オリジナルブレンド油」を活用できるようになると、料理の幅はより広がるはずです。
「小エビとタラのピルピル」はバスク地方の家庭料理。実は筆者、初めていただきました。
「提供しているレストランはそう多くなく、どちらかというと家庭でいただく料理ですね。すばらしい体験をさせてもらったバスク地方への恩返しという意味でも、バスクの人が来て美味しい、懐かしいと喜んでくれる料理をお出ししたいと考えています」
バスク地方の伝統的家庭料理であると同時に、和田さんのスペシャリテでもある「小エビとタラのピルピル」は、「オテルデピレネー・シェ・アランビット」(現「ファミーユ・アランビット」)のグランシェフ、直伝のレシピで仕上げたもの。そして、この料理、「ピルピル」という料理名が調理中の油がはねる音から来たという説もあるほど、油が主役の料理だそうです。
タラとオリーブオイルを低温調理して作るバスク伝統のソースづくりを見せていただきました。耐熱陶器皿で温めたオリーブオイルの中にタラを入れ、じっくり弱火で熱すると、タラのエキスがオリーブオイルに溶け出していきます。タラに火が入ったタイミングで、タラの身と分離したオリーブオイルを取り出します。その後、耐熱容器に残った煮汁を弱火で熱し、沸いてきたら取り出したオリーブオイルを少しずつ戻していきます。最初は透き通っていたオリーブオイルが、乳化してだんだんと白く、とろっとしていく工程は、実験を見ているようでわくわくしました。乳化したソースはタラのうまみがたっぷり。ほくほくの白いんげんともよく絡みます。ほんのりニンニクもきいていて、バスク地方の微発泡白ワイン・チャコリを一緒にいただきたい!と思いました(笑)。
「パエリア」は、バスク時代に通っていたカフェのパエリアを模したもの。「お米が恋しくなった時によく食べに行きました。パエリアと言ってもいろいろで、中にはバターライスでパエリアを作る店もあります」
通常、2種類の「パエリア」がメニューにありますが、今回、いただいたのは「若鶏と野菜のパエリア」(2人前、2600円)。
「こちらもあまりオリーブオイルの香りを出さずに、オリーブオイルとキャノーラ油を混ぜた油を使っています」
しっかり出汁を吸い込んだお米は、ほどよい硬さを残したアルデンテ。パプリカやトマトなどの野菜は彩りを添えるだけでなく、味わいのアクセントとしてもベストマッチ。これまでパエリアは苦手と言っていた人でも、こちらのパエリアは好きというお客さんも少なくないそう。何よりお皿全体から放たれるエレガントさが印象的でした。
渋谷駅から徒歩10分ほどの場所には、バスク料理の楽しさと奥深さを実感できる小さなフレンチバスクが存在しています。家庭料理の素朴さがありながらフランス料理の優美さも感じさせる和田さんの料理──、ぜひ一度、ご賞味ください。
サンジャン・ピエドポー(Saint Jean Pied De Port)
住所/東京都渋谷区東1-27-5 シンエイ東ビル2F
営業時間/11:45~14:00(13:30 LO)※メインがなくなり次第、終了
18:00~23:00 (22:30 LO)
定休日/日曜
Tel. /03-6427-1344
http://home.s01.itscom.net/st-j-p-p/
取材・文/長谷川あや 撮影/中庭愉生