一般社団法人 日本植物油協会 社団法人日本植物油協会は、日本で植物油を生産している企業で構成している非営利の業界団体です。

com_img_logo2_description

冬を越す力を与えた「油祝い」と「油しめ」

日本の暦は農業(特に米の生産)を基礎にして成立しているものが多く見られます。桜のお花見はその代表的なもので、桜の咲く頃が苗代作業を始めるのに適した時期であり、作業を終えてゆっくりと爛漫の花を楽しむことをルーツとしています。

ここで紹介する「油祝い」は、秋の収穫が終わり、冬支度をはじめる11月から12月にかけて油ものを食べる風習で、広く行われていたようですが、いまではほとんど見られなくなりました。またこの時期を「油しめ」とも呼び、寒さに立ち向かう体力をつける時期とされています。

油祝い」とは

11月15日といえば、江戸時代にはじまる「七五三」の日として一般に知られていますが、「油祝い」や「油しめ」はそれよりもっと古くから行われていたようです。この習慣は、製油業が発達した西日本から遠く離れた東北から関東にかけて多く残りました。

もともとは、旧暦の11月15日にモチや植物油を用いた料理を神前に供えて、油の収穫を祝ったものでした。その後、冬期になると、油を灯火として使用するばかりでなく、寒さに備えて油分のあるものを多く食べるなど、油を使用する機会が増えることから、この日を油の使い始めの日として祝う意味合いが強まりました。冬ごもりの前に、生命力を補給することを願ったのでしょう。

昔は、今から想像できないほど油は貴重なものでした。とくに農村地帯では、家々でしぼり機を用いて菜種、胡麻、荏胡麻などから油を自家製造していました。たくわえられた少量の植物油は、厳しい冬の間、長い夜を灯し、寒気から人々の身を守ったのです。

油祝い」とは

油しぼり機 昭和30年ころまで使用されていた油しぼり機。蒸した菜種や荏胡麻を中央部の桶に入れ、ハンドルを回して上から圧力をかけて油をしぼります。菜種1升から180ccの菜種油がとれ、荏胡麻の場合、同量の油をしぼるには2升を要しました。 (画像提供:北海道紋別郡西興部村・郷土資料館)

全国で行われた「油祝い」

「油祝い」や「油しめ」の習慣は、かつては全国各地で行われていました。 宮城県では、11月15日を「油しめ」といい、油をしめ終わったあとの休日にしました(黒川郡)。また、新婚の嫁の里からモチとともに髪につける油が贈られてきたり、あるいは油をもらいに実家に帰る日でもありました。仙台においては、この日にごま油の値段を定めたと伝えられています。 福島県の石川郡あたりでは、「霜先の薬食い」と呼び、15日に油をしぼり、“女子供の神ごと”と称してけんちん汁を食べ、1日を楽しく過ごしました。

群馬県の邑楽郡や新田郡では、この日、菜種を油屋で油と替え、モチをつくほか三食とも天ぷらを食べました。  埼玉県の秩父地方は、11月15日が「油祝い」で、北足立郡では12月15日が「油しめ」、入間郡の人々は、寒さに耐えるようにと、寒の入りの日に脂っこいものを食べました。
一方西日本においても、「この日、油揚げ(天ぷら)を食べないと凍え死ぬ」といわれていました。高知県では「油しめ」の日に、油を唇などに塗って油の効能を説くといった習わしがあったそうです。

んちん汁 中国からの渡来食がルーツで、ところによって「けんちゃん汁」「建長汁」ともいいます。野菜を油で炒めることで、香りとコクがでます。地方により鶏肉や油揚げなどを入れますが、豆腐を混ぜるのが基本。)

けんちん汁 中国からの渡来食がルーツで、ところによって「けんちゃん汁」「建長汁」ともいいます。野菜を油で炒めることで、香りとコクがでます。地方により鶏肉や油揚げなどを入れますが、豆腐を混ぜるのが基本。

「油祝い」の料理

「油祝い」の際に作られる料理は、けんちん汁や天ぷら、きんぴらごぼう、なすの油炒めなどでした。今ではごくふつうの家庭料理が、こんなにも貴重なものとされていたことは驚きですね。でも、私たち日本人がごくふつうに食用油を消費できるようになり、油で揚げたり炒めたりする料理が一般家庭に広まったのは、太平洋戦争後のこの50~60年のことにすぎません。それまでは、食用油は貴重なもので、価格も非常に高いものでした。食用油を日常的に豊富に使用できるのは長い日本の歴史から見ればごく最近の話で、かつて植物油を使った料理は特別なごちそうだったのです。

「油祝い」を代表する料理であるけんちん汁にしても、今では食材をたやすく入手できますが、昔、豆腐屋さんがないところでは、まず豆腐作りから始めるという手間のかけようでした。

食用油がいつでも簡単に入手できるようになったいま、「油祝い」や「油しめ」の記憶は薄れかかっているものの、この風習にまつわる料理は、滋味豊かな郷土や家庭の味として、日本人の食生活に深く入り込んでいます。

天ぷら 天ぷらはポルトガルから伝わった南蛮料理ですが、「油祝い」で揚げるのは、さつま芋やにんじん、ごぼうなどの素朴なもの。内陸部では、身欠きにしん、するめなどの乾物(会津)や、串柿(信州)も食材にしていました。

天ぷら 天ぷらはポルトガルから伝わった南蛮料理ですが、「油祝い」で揚げるのは、さつま芋やにんじん、ごぼうなどの素朴なもの。内陸部では、身欠きにしん、するめなどの乾物(会津)や、串柿(信州)も食材にしていました。

  • 【 参考資料|
  • 「綜合日本民俗語彙」(民俗学研究所 編著 平凡社))/
  • 「歳時習俗語彙」(柳田国男 編 国書刊行会)/
  • 「年中行事図説」(民俗学研究所 編著 岩崎美術社)/
  • 「味覚の歳時記」(講談社)】
  • 【 画像提供(油しぼり機)|北海道紋別郡西興部村・郷土資料館】