(1) 過去に行われた調査の検証
不況と失業の進行とそれに伴う所得の低下が、人々の健康上にどのような結果(特に、死亡との関連性)をもたらすのかということについては、アメリカ及びその他の先進国を事例として数多くの調査が行われています。しかし、食料消費に及ぼす影響を検証した調査は2例しかありませんでした。
これらはいずれも、アメリカの疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention)が開発した、行動リスク要因調査システム(Behavioral Risk Factor Surveillance System)に蓄積されたデータを利用したものです。この調査は、食料消費に関して限定された情報を、主として電話によって聞き取る手法で行われます。例えば、どのような食品がよく消費されるかというような調査にこの手法がよく用いられます。
2例の調査のうち1つの調査は、不況の時期を含む1990~2009年のデータを用いたもので、26~58歳の年齢層を対象として、高い失業率が果物、果実ジュース、ニンジン、グリーンサラダの消費を減らすものの野菜の総消費量を減らすことはなく、一方でスナック類の摂取回数を増やすことを明らかにしました。
しかし、この調査は、不況が人々の食生活に及ぼした影響を総合的に把握するには不十分なものでした。今回実施された調査は、2007~2009年の大不況の間に、人々が食料の消費についてどのように行動したかということを幅広く検証することを目的としています。
(2) 家庭外食料の摂取が減少し、食事の質が向上した
表2は、国民健康栄養調査の個票を用いて、1946~85年に生まれた人々の食事内容が、不況前後においてどのように変化したかを平均的に示しています。
表2 労働年齢人口層の平均的な食事内容の変化
|
2005~06年度 (平均値) |
2005~06年度からの増減 |
2007~08年度 |
2009~10年度 |
1日当たり総カロリー摂取量(kcal) |
2,328.48 |
-112.83 |
-117.73 |
家庭外食料由来カロリー(kcal) |
832.86 |
-83.60 |
-165.93 |
総摂取カロリーに占める割合(%) |
34.70 |
-2.72 |
-5.89 |
ファストフード由来カロリー(kcal) |
351.29 |
-47.27 |
-83.95 |
総摂取カロリーに占める割合(%) |
14.44 |
-1.32 |
-2.92 |
1日の食料摂取機会数(回) |
5.01 |
-0.03 |
0.10 |
食事の回数 |
2.75 |
0.01 |
0.11 |
うち、家庭外での摂取回数 |
0.87 |
-0.05 |
-0.13 |
スナック類の摂取回数 |
2.26 |
-0.03 |
-0.01 |
うち、家庭外での摂取回数 |
0.41 |
-0.05 |
-0.06 |
脂質摂取由来のカロリー比率(%) |
33.77 |
-0.13 |
-0.96 |
飽和脂肪由来のカロリー比率(%) |
11.30 |
-0.18 |
-0.64 |
コレステロール摂取量(mg |
307.83 |
0.30 |
-24.01 |
食物繊維摂取量(g) |
16.08 |
-0.15 |
1.40 |
注:1.加齢その他の対象者の属性や所得の相違による差異を調整しない単純な変化を示している。
2.「食事」とは、朝食、朝昼食、昼食及び夕食であり、それ以外はすべて「スナック類」と分類する
3.昼食にファストフード店で購入したサンドウィッチと食料品店で購入したリンゴを食べた場合、カロリーの
高いサンドウィッチを主な食事とみなし、まとめて「家庭外食料」に分類する。
不況前の2005~06年度の平均的な食生活を見ると、1日に食物を口にする機会が約5回あり、そのうち25%が家庭外食料(家庭外での食事+家庭外で摂取のスナック類)で、家庭外食料から摂取するカロリーが総摂取カロリーの約35%を占めていました。
アメリカでは、「アメリカ人のための2010年食生活指針」(2010 Dietary Guidelines for Americans)を策定されていますが、そこで推奨されている1日当たりの目標数値と2005~06年度の数値を比較してみましょう。
表3 アメリカの食生活指針と実態の比較
|
2010年食生活指針 |
2005~06年度実態 |
脂質由来摂取カロリー比率 |
20~30 % |
33.7% |
うち飽和脂肪由来カロリー比率 |
10%未満 |
11.3% |
コレステロール摂取量 |
300ミリグラム未満 |
307.83グラム |
食物繊維摂取量 |
|
|
女性 |
25グラム以上 |
16.08グラム |
男性 |
38グラム以上 |
(男女平均) |
資料:USDA 及びDepartment of Health and Human Service策定の ”2010 Dietary Guidelines for
Americans”から該当部分を抜粋
今回の調査で得られた勤労世代の食生活内容(2005~06年度当時)は、政府が推奨する食生活の改善指針より、1日の総摂取カロリーに占める脂質由来摂取カロリーの比率とコレステロールの摂取量で上回り、食物繊維摂取量は目標を大幅に下回る内容となっていました。
したがって、表2は、勤労世代の食生活の実態が、不況期間を通じて皮肉にも指針に示された栄養学的に質の高い食生活へ一歩前進したことを示しています。
一人1日当たり総摂取カロリーは、最初の2年間で約113kcal減少しました。これに対し、次の2年間では総摂取カロリーは5kcalの減少にとどまりました。しかし、家庭外食料から摂取したカロリーは、後の2年間で大幅に減少しました。また、コレステロール摂取量の減少、食物繊維摂取量の増加、脂質由来カロリーの比率の若干の低下などの栄養学的に好ましい方向への動きは、不況が長引くにつれ加速されたことが確認されました。
しかし、1日の食事回数を見ると、家庭外食料の摂取回数が極端に減少したわけではないことが明らかです。家庭外食料の摂取回数が2005~06年度から2009~10年度の間に15%減少したのに対し、同じく摂取カロリーは20%の減少となりましたので、「食生活の質の改善には、家庭外食料の質の変化による寄与が大きかった」ことを示唆しています。
ただし、表2は単純な平均値の変化を比較したものです。現実の変化には、例えば年齢が上昇することによる変化も含まれることとなります。加齢に伴う食料摂取の変化については過去の研究の蓄積があり、例えば1日当たり総摂取カロリーは、1年の加齢に伴い男性では平均的には3.8kcal、女性では同じく2.67kcalずつ減少することが示されています。
2005~06年度から2009~10年度に1日当たり摂取カロリーは、表2にあるとおり単純には117.73kcal減少していますが、これから加齢に伴う自然減少分を差し引くと90.37kcalの減少となることが示されています。このほか、調査対象者の属性(人種、教育水準、家族構成など)の相違や所得水準の相違による調整が行われた数値も示されていますが、それぞれをどのように調整したのかという方法については示されていないので、ご紹介することができません。
(3) 教育水準と食生活
勤労世代の変化を更に詳しく検証するため、大学以上の卒業者とそれ以外のグループに分け、それぞれの層の食生活がどのように変化したのかについて観察されています(表4)。それによれば、大学以上の卒業者グループでは、家庭外食料の消費を減らし、それに由来する摂取カロリーの減少が大きく、特にファストフード由来のカロリー摂取量の減少が大きいという結果となりましたが、大学未満学歴層においては、これらの変化が小さかったという結果になりました。しかし、これをもって、調査対象者の食生活の改善には学歴による優劣があることを示そうとするものではありません。
大学以上の卒業者グループは、不況以前において家庭外食料由来の摂取カロリーが、大学未満の学歴層より100kcalも上回っていました。一方、大学未満学歴層では、ファストフード由来のカロリー摂取に余り変化が見られないという特徴がみられます。このような差異がみられるものの、学歴のいかんにかかわらず、食生活の改善が進行したことを主張しています。
表4 教育水準と食生活の変化
|
大学卒業以上の学歴 |
大学未満の学歴 |
1946年以前に 生まれた人 |
2005~06 年度 |
2009~10 年度 (増減) |
2005~06 年度 |
2009~10 年度 (増減) |
2005~06 年度 |
2009~10 年度 (増減) |
1日当たり総カロリー摂取量(kcal) |
2,325.61 |
-85.89 |
2,333.15 |
-70.51 |
1,788.48 |
-2.08 |
家庭外食料由来カロリー(kcal) |
878.54 |
-162.17 |
758.4 |
-73.38 |
407.54 |
-14.39 |
総摂取カロリーに占める割合(%) |
36.75 |
-6.42 |
31.37 |
-2.16 |
23.32 |
-2.02 |
ファストフード由来カロリー(kcal) |
347.56 |
-75.92 |
357.37 |
-17.53 |
102.13 |
5.87 |
総摂取カロリーに占める割合(%) |
14.52 |
-2.78 |
14.31 |
-0.35 |
5.69 |
0.00 |
1日の食料摂取回数(回) |
5.16 |
0.11 |
4.77 |
-0.04 |
4.89 |
-0.04 |
食事の回数 |
2.80 |
0.09 |
2.68 |
0.04 |
2.83 |
0.07 |
うち家庭外食料摂取 |
0.93 |
-0.15 |
0.77 |
-0.04 |
0.6 |
-0.05 |
スナック類の摂取回数 |
2.36 |
0.02 |
2.09 |
-0.08 |
2.05 |
-0.11 |
うち家庭外のスナック |
0.46 |
-0.07 |
0.34 |
-0.03 |
0.23 |
-0.01 |
脂質摂取由来のカロリー比率(%) |
34.36 |
-1.15 |
32.81 |
-1.15 |
34.01 |
0.09 |
飽和脂肪由来のカロリー比率(%) |
11.47 |
-0.76 |
11.02 |
-0.57 |
11.39 |
-0.37 |
コレステロール摂取量(mg) |
313.96 |
-33.70 |
297.84 |
-11.54 |
257.57 |
-14.01 |
食物繊維摂取量(g) |
16.74 |
1.60 |
15.00 |
0.68 |
15.34 |
|
サンプル数 |
1,643 |
1,813 |
1,371 |
1,718 |
1,311 |
1,320 |
注:加齢その他の人的属性及び所得の相違がもたらす変化を調整した数値である。
表4が特に示唆しようとしたのは、教育水準による差異ではなく、勤労世代と1946年以前生まれの層との間に大きい差異があることです。1946年以前生まれの層においても、摂取カロリーやコレステロールの摂取がわずかに減少していますが、食生活パターンが変化したとまで断定できるものではありません。報告書は、この年齢層は2005~06年時点で60歳を超えている年齢層であり、平均的には勤労世代に該当せず、不況による失業や所得の減少などの影響を蒙ることが少なく、したがって、不況が食生活に影響を及ぼすことはなかったと結論付けています
(4) 家庭外食料の栄養的な質の改善
不況が長引くにつれて、勤労世代が家庭外食料の消費を減らしたことが明らかにされましたが、栄養面から見た食生活の質的変化を見るためには、同じ期間に家庭外食料の質が、より健康的なものになったことも併せて検証されることが必要になります。
このため、調査対象者が摂取した食事内容から、「脂質由来のカロリー(エネルギー%)」、「飽和脂肪由来のカロリー(同)」、「コレステロール(mg/1000kcal)」、「食物繊維(g/1000kcal)」の4項目を指標として、これらの摂取量(推計)が2005~06年度から2009~10年度にどのように変化したかについて検証を行っています。
その結果は、次の図4に示すとおりでした。
図4 家庭内・外食料の栄養的な質の変化
(2005~06年度から2009~10年度の間の変化)
注:表4と同じ
アメリカでは、脂質、特に飽和脂肪とコレステロールの摂取量が過剰の状態にあることから、2010 Dietary Guidelinesに示されているように、これらの摂取量を減らすことが健康的であると認識されています(日本の食生活の実情とは、大きく異なる背景があります。)。
そのような観点から見れば、図4は、すべての指標において、家庭外食料の栄養的な質が不況期間を通じて大きく改善されたことを示しています。
家庭外食料の栄養的な質が向上した要因について、いくつかの調査が行われていますが、それらの調査では、不況とはかかわりなく、消費者がより健康的な食料を選択する傾向が強くなり、入手する食料の質を高める努力をしてきたことが挙げられています。その一例として、全粒穀物の消費量が増加しているのは、消費者の需要が高まったことに加え、食品業界が新食品の開発や既存製品のリニューアルに際して、全粒穀物を原材料として使用する傾向が強まっていることによるものとしています。
これらが、家庭外食料の摂取機会の減少と重なり、図4が示すように不況期間を通じて勤労世代層の食生活の質の改善を進めたと考えられています。
|