●畜産物と油脂類の摂取がもたらした長寿社会
それでは,老化を遅らせる栄養改善法はあるのでしょうか?
わが国の平均寿命はこの一世紀でほぼ2倍になり、現在は世界最高水準にあります。第1回生命表(1891~1898年)によれば、当時の男性の平均寿命は42.8歳、女性は44.3歳と記載されています。その後、1947年(昭和22年)に男女ともに50歳を超え(男性50.06歳,女性53.96歳)、最新の平成19年簡易生命表によれば、男性79.19歳,女性85.99歳となります。平均寿命には国民の老化速度の総平均が反映されていますから、日本人は世界で最も「老化の遅い民族」といえることになります。特に、平均寿命の伸び(老化の遅れ)は1947年以降で著しく、目を見張るものがあります。この急速な老化の遅れを実現したのは、現在までのところ世界中で日本人だけです。この謎を解くためには、戦後の食品や栄養素の摂取量の変化を歴史的に考察することが重要になるわけです。
老化と栄養の関係を各種の動物実験の成績で明らかにしようとする研究が、これまで数多く行われてきましたが、得られた結果には必ず飼育環境や種の相異による問題がつきまとい、社会で生きるヒトにはあてはめられない困難な問題や限界があります。したがって、老化と栄養の関係は、客観的な統計データによる状況証拠以外の方法で解明することは難しいのです。
戦後のわが国の食生活の変化には、次の3点の特徴があります。
1)国民総平均のエネルギー摂取量が増加していない(ほぼ一定している)。
2)動物性食品の摂取総量が増加し、特に肉類、卵、牛乳・乳製品の摂取量の増加が寄
与している。
3)脂肪エネルギー比が増加している。
一般的に、経済成長は国民のエネルギー摂取量の増加をもたらすとされています。しかし、日本人の食に対する価値観は量より質を求める方向に動き、エネルギー摂取の総量を変化させることなく摂取する食品の構成を変容させました。この世界に類をみない食生活の変化が老化を遅らせることに結びつき、心臓病の増加を招くことなく、脳卒中を減少させるという疾病構造の変化をもたらしました。日本人は、ヒトがどのような食生活を送れば老化を遅らせることができるのかについて、民族を挙げて実験したかのような民族であるといってよいでしょう。
したがって、日本人の老化を遅らせることに寄与した食品は、肉類、卵、牛乳及び油脂類といっていいでしょう。また、70歳の地域高齢者を10年間追跡した調査においても、油脂類と牛乳を頻繁に摂取する高齢者ほど生存率が高いことが示されています。この調査結果は、追跡対象の年齢が統制されているため強い説明力を持っています。
わが国の平均寿命の伸長(老化の遅れ)の背景には、他に類を見ない食生活の変化があったという歴史的考察と、高齢者の追跡研究から示された生存率と食生活の関連データの二つから、老化を遅らせるためには多様な動物性食品と油脂類の摂取が必須であるという見解を導き出すことができます。
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