植物油の栄養問題を問い直す
食品(植物油)は薬剤ではない

 中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)の効果を調べた興味深い研究があります(図3)。健常人を対象に、一日の摂取カロリーを2100~2400kCal、70gの脂質を通常の油(長鎖脂肪酸トリグリセリド; LCT)の代わりにMCTに変えたものを3週間摂ってもらいました。食事は3週間を通して毎日すべて同じものを食べるという、厳密に管理して行われた実験です。3週間の体重や腹部脂肪面積の変化を比べてみると、MCTとLCTは被験者全体で見てみるとあまり差は見られません。しかし、BMIが23以上と23未満の人に分けてデータを解析すると、BMI 23未満の人では効果が見られませんでしたが、BMI 23以上の人では有意に差が認められ、LCTよりもMCT摂取の方が腹部脂肪が減少していることがわかります。つまり、太り気味の方には効果があるけれど、ふつうの人にはあまり効果はない、ということを意味します。特定保健食品として「体重の気になる方に」という対象者表示があるのは、このためです。もうひとつ注目すべき点は、厳密に摂取カロリーをコントロールすると、太っている人も、やせている人も脂肪は明らかに減少し、その低下量は、「油として何を使ったか」という差よりもずっと大きいということです。このような傾向は、最近の中鎖脂肪酸を通常の油に分子内で混合した長中鎖脂肪酸トリグリセリド(LMCT)でもジアシルグリセロールでも同様です。ですから、太り気味の方が健康を意識して、このような油を利用されるのは有効でしょう。しかしそれで安心して食べ過ぎて、摂取カロリーが多くなってしまっては全く意味がないのです。

図3.中鎖脂肪酸トリグリセリド摂取による腹部脂肪面積の変化

 最近の新しい研究手法として、遺伝子やタンパク質の動きを見るゲノミクスやプロテオミクスが急速に進み、食品・栄養の分野でもニュートリゲノミクスという言葉が使われるようになりました。そのなかでもDNAマイクロアレイ(DNAチップ)という手法は、マイクロチップ上に埋め込んだ数千種類の遺伝子情報を利用して、ある因子による生体の遺伝子発現に対する影響を調べることができます。たとえばある薬剤を投与したときに、人間の体の数千種類の遺伝子一つ一つの発現が、どの程度上がるのか、下がるのかということを網羅的、全体的に調べることで、体の中でどのような変化が起きるのかを知ることができます。栄養素や一般に広く食品として利用されている食品成分などについてもDNAチップでの解析が始められましたが、薬剤とは異なり、その変化率はあまり大きくありません。薬剤が一般に数十倍もの遺伝子の発現が上がったり、下がったりするのに対して、食品や栄養素はかなり効果が高いと思われるエイコサペンタエン酸(EPA)やビタミンEでさえも、せいぜい1.5倍~5倍くらいの変化です。食品とはそういうものなのでしょう。毎日生きるために食べなくてはならないものが、そんなに大きく生体に変化を与えてしまっては困ります。そこが、少量で効果がはっきりとする薬剤とは大きく違うところです。

 食品機能の研究が進み、食品成分に機能や効果があることは間違いないことがわかっていますが、食品の成分は私たちが摂取している食物のごく一部に過ぎず、ほかに多く入っているもの、また食事として摂取する他の多くのものとの総合的な作用も問題になってきます。食品は薬剤とは異なり、毎日継続して摂取するものです。ですから、健康のために意識して上手に摂取することは重要ですが、その効果を早急に期待するものではないでしょう。今日足りない栄養素があったとしても、明日多めに摂れば済むことです。長期的にみて、どのように健康に影響するのかを評価するには、動物や細胞を使った実験ではなく、人を対象とした長期的な多くの研究が必要です。

 アメリカやヨーロッパ、オーストラリアなどでは、飽和脂肪を減らして植物油の摂取を増やすことを国家レベルで指導し、心臓病での死亡リスクを約50%減らしました。飽和脂肪の代わりに植物油を摂ることの効果は明らかです。また魚油のようなn-3系列の脂肪酸を摂ることの有用性も明らかに認められています。しかし、このような結果が出るまでには時間がかかります。このような科学的な証拠(Evidence Based Medicine; EBM)を基にして策定された「日本人の食事摂取基準」では、科学的根拠がはっきりせず、証拠不十分であるものについては摂取基準を定めていません。つまり、現時点で確実に有効であると評価できるのは、食事摂取基準に載っていることだけともいえます。

 現在の日本の新しいタイプの植物油や健康油に関するさまざまな情報は、実験結果としては正しいものでも、その評価にはまだ時間がかかります。私たちが食生活で健康を維持するためには、多くの情報のひとつひとつに流されることなく、正しい知識を持ち、トータルに食事を見直した上で、このような機能性のある食品(植物油)を上手に使っていくことが重要でしょう。

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