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私は、子供の頃にフライパンを初めて見たときの驚きをよく覚えています。福井に住んでいた私には、東京から訪れた食道楽の伯父がいました。伯父は福井で一番おいしいという西洋料理の店に、自分のためにはビフテキを、私にはオムレツを届けさせてくれました。おかもちから流れるバターのいい香りに、幼い私はびっくりし、「おじちゃん、西洋料理って生きてるね!」といったものです。こんなにおいしい西洋料理をどうやって作るのだろうと不思議に思った私は、後日、その店の縄暖簾の下から中の様子をうかがってみました。そしてコックさんがフライパンを持った手首をトンと叩いてオムレツを引っくり返すのを見て、「手品だ!」と驚いたものです。こうした自分の目での発見と驚きも、伯父が与えてくれた食育だったと思っています。このように私自身も子供時代の実体験を通して、さまざまな食を学びました。それを今、実際の活動に役立て、子供たちに伝えていきたいと思います。
さて、最初は苦労続きだった「1日1回フライパン運動」ですが、油が好きな若い人にも訴えようと、「高校生とお母さんのためのフライパン運動」などにも力を入れました。そうした努力のかいあって、徐々に日本でもフライパン料理と油脂がおなじみのものとなっていったのです。この運動を続けるうち、美智子妃殿下(当時)に「野菜嫌いの子供たちもフライパンで炒めればおいしく食べられるでしょう。フライパン運動とはいいことですね」とお声をかけていただきました。また、デパートのイベントでお目にかかった秩父宮妃殿下に「本当はこれくらい油を摂らなければいけないのね。宮様は結核で亡くなりましたが、私は油をたくさん摂らなければならないことを知らなかったし、手にも入らなかったので……」とお話していただいたこともあります。
現在では日本人の食生活スタイルも大きく変わり、外食やファストフードなどの洋食による油の摂りすぎが指摘され、逆に油が敬遠されることも少なくありません。でも油は決して悪者ではなく、バランスを欠いた食生活こそが問題なのです。現代は人間が体を使って動くのでなく、コンピュータを動かして働く時代になりました。でも、その一方で食べる量は前と同じ。これでは運動量に比べて栄養過多になって当然です。きちんと運動して、油脂も含めて、その分を補給すればいいのです。
油脂の中では動物油を減らし、健康と美容に効果的な植物油や魚の油を積極的に摂るようにしましょう。特に私はいくら年を取っても、植物油は毎日摂ることをみなさんにおすすめしています。「1日1回フライパン運動」を推進するにあたって、油のこともいろいろ勉強しましたが、万葉の時代の日本ではよく、ごま、かや、くるみといった食物をすって食べていたようです。これはつまり油の手前の食品ということですね。時代が下って登場した日本料理の天ぷらなども、ごま油やかやの油を使ったものでした。日本の風土に合った昔ながらの食生活において、植物油はいつの時代も親しまれてきたものだったのです。
現代の食生活でも、油脂の使い方をきちんと工夫をするといいでしょう。植物油も1種類だけでなく、たとえばサフラワーと大豆油の2種類を合わせて使うのがおすすめです。また料理の仕方や調理器具の選び方で、気になる油の摂りすぎを防ぐこともできます。よく料理の本などのレシピを見ると、砂糖や醤油は小さじ○杯などと量が明記されているのに、油は適宜となっていることが多いようです。油の量も適当ではなく、適正に計って使うことが必要です。また野菜は乱切りより刻み野菜のほうが油を多く吸うこと、平鍋よりも中央に油がたまる中華鍋のほうが少量の油で調理ができることなども知っておくべきです。
こうして長い間「栄養三色運動」や「フライパン運動」などに力を注いできた私ですが、モットーは「歩きながら考える」ことです。座ったままでも立ったままでもなく、自分の足で歩いて見聞きし、語り、人と出会ってきたことが運動の原点となっています。
以前、牛乳の普及のため、牛乳に関する研究・運動に協力してもらおうと、徳島県の一流高校を訪ねたことがあります。校長先生にとっては大学受験のほうが大切らしく、牛乳普及の活動について「そんなよけいなことは……」と渋い顔をされました。私が「なぜ、よけいなことなのでしょうか? 食は命につながることなのです」とお話したところへ、生徒たちがドヤドヤと入ってきて、こういったのです。「校長先生、僕たちはみんな牛乳が嫌いです。でも飲めるようになったら、もうけもの。だから受けてください」。こうして熱心に取り組んでくれた生徒さんたちは、その活動で当時の文部大臣賞に輝いたのです。そんなふうに自分の足で全国を回り、顔を見て語り合い、一緒に取り組むことでこそ得られた喜びや感動ははかりしれません。
また、生徒さんから教えられることもたくさんあります。ある学校ではこんな質問を受けました。「うちのおばあちゃんは80歳を過ぎていますが、先生よりはずっと年下です。でも先生と違って腰が曲がっていて、物忘れが激しいのです。何を食べさせたらいいのでしょう?」そう質問する生徒さんの優しさと食に対する真剣さに、私のほうが大切なことを教えられたような気がしたものです。私も92歳になりましたが、これからも「自分の足で歩いて考える」ことを大切にして、家庭や学校などの現場から、日本の風土に合った本当の食育を伝えていきたいと思います。
社団法人栄養改善普及会会長 近藤とし子 プロフィール |
1913年生まれ、福井県出身。津田英学塾(現津田塾大学)中退、佐伯栄養学校卒業。富士電機株式会社栄養士、労働科学研究所研究員、香川女子栄養学園教諭、厚生省公衆衛生局栄養課技官などを歴任。
社団法人栄養改善普及会会長として、栄養三色運動を推進、現在も「食・農・教育」を結ぶ食べ方の普及に邁進している。1988年、東京女性財団賞受賞。
著書に「子どもの食事と健康」(青木出版)、「おむすび育児~食べ方は一生を決める」(家の光協会)他。 |
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