食事摂取基準(2025年版)
-筋内脂肪蓄積の病態に関する基礎的研究-
お茶の水女子大学基幹研究院・自然科学系 教授
飯田 薫子先生
飽和脂肪酸(saturated fatty acids; SFA)の過剰摂取は生活習慣病に関連することが知られており、日本人の食事摂取基準(2025)では18歳以上の男女の飽和脂肪酸摂取の目標量を、総摂取エネルギーの7%相当以下としている。中性脂肪として組織に蓄積した過剰なSFAは「脂肪毒性」といわれる組織障害を引き起こし、さまざまな疾病発症に深く関与する。サルコペニアについても同様であり、筋内に蓄積した脂肪から放出されるSFAは筋組織での炎症や代謝障害などを介してサルコペニアを引き起こすと考えられている。しかし、その詳細なメカニズムについては不明な点が多い。そこで我々はマウス筋芽細胞株C2C12細胞と生体内に最も豊富に存在するSFAであるパルミチン酸(palmitic acid; PA)を用い、PAが筋細胞の分化・成熟などに与える影響を検討した。また、併せて筋への脂質蓄積を軽減しうる食品因子として、ポリフェノールであるフラボノイド類に着目し、その効果の検討を行なった。
未分化のC2C12筋芽細胞に生理的濃度のPAを負荷すると、ミトコンドリアの断片化が生じることを確認した。さらにC2C12細胞を分化させた筋管細胞にPAを負荷すると、Myosin Heavy Chain(MHC) アイソフォームのうち速筋優位のMHC2x、MHC2bの発現低下や筋分化マーカーMyoDの遺伝子発現の低下が見られ、組織学的な成熟度も有意に抑制された。
次にPAによるこれらの病的変化を改善しうるフラボノイドの探索を行なった。その結果、イソフラボンであるdaidzeinが、脂肪酸β酸化や酸化的リン酸化に関わる遺伝子の発現を有意に増加させ、併せてミトコンドリア量を増加させることを見出した。さらに脂肪酸負荷では細胞内に脂肪蓄積が生じるが、daidzeinを負荷した細胞ではその蓄積量が有意に減少した。レポーターアッセイによる検討では、daidzeinがこれら遺伝子の転写を直接増強し、その作用にはエストロゲン関連受容体α (ERRα) が必要であることが示された。 本講演ではdaizeinの結果について報告したが、その他のフラボノイド類にも様々な効果を見出しており、これらの摂取がサルコペニアの予防・改善に資する可能性が示唆される。
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