不況がもたらした食生活の変化−アメリカの勤労世代の食生活 −

6.健康的な食生活を求めることが、食生活の改善をもたらした

 ここまで、リーマン・ショックと称された不況がアメリカの食生活に及ぼした影響についての研究報告の概要を簡単にご紹介いたしました。いうまでもなく、不況は好ましくない事態であり、アメリカでは、不況が経済、社会に及ぼした影響を検証する多くの調査・研究が行われてきましたが、ここまでご紹介した調査の概要も、それらの調査・研究の一つとして行われたものです。
 調査は、不況が食生活の改善に寄与したという疑問から開始されましたが、最後に得られたのは、「食生活の質を高める潮流が加速される時期に、不況に遭遇した」という結論でした。

(1) 「簡便で、しかも健康的な食生活」というパラドックス

アメリカの食生活は、簡便性を求める生活者の要求とそれに対応する供給技術の発達により、1970年代以来外食やファストフードなど家庭外で調理される食料を積極的に取り込むことで変化してきました。アメリカの食品に関する情報誌(例えば、ゴーマン社の ”New Products News”、1991年)には、「調理時間に対する配慮が、価格に対する判断より勝る」ことが記載され、「働く女性たちは、調理に必要な時間をもっと文化的な活動に振り向けたいと考えている」と記述されていました(調理が、文化的・創造的活動とは考えていませんでした)。
 その一方で、アメリカでは、第二次世界大戦後間もなくから、食生活と健康に関して議論が行われてきました。1977年2月には、マクガバン報告として知られる「アメリカの食事基準。Dietary Goals for the United States」が議会上院に提出され、それ以来、「食生活と健康」はアメリカ政府の重要政策課題となりました。健康を意識した食生活の重要性は人々の間に徐々に浸透し、食料品の選択に当たって健康との関連に注意を払うことが着実に広がっていきました。

 外食産業、食品製造業などの家庭外食料の供給者は、「簡便性と健康」という2つの課題に応えることが必要となりました。1980年代には、Healthy、Low Fatなどをうたう製品が市場に氾濫しましたが、Low Fatの正体が脂肪分を切り取った牛肉で作ったハンバーグステーキであったり、Calorie Halfが単に重量を半分にしただけという製品さえ現れました。このような加工食品が出回るなかで、1983年、ある大手食品メーカーが、「繊維質を多く含み、がん発生の可能性を低下させる」と医薬品まがいの表示をした朝食用シリアルを販売したことが、食品への栄養表示のあり方についての議論を誘発しました。この議論は、1991年に「食品栄養表示・教育法」を成立させる動機となり、科学的根拠に乏しく、消費者を困惑させる表示を排除する一方、栄養成分に関する正確な情報の提供と、科学的根拠のある場合には、政府の認可を得て効能を主張できる表示(ヘルス・クレーム)が認められることとなりました。

(2) 消費者・供給者がともに健康的な食生活を推進

食品栄養表示・健康法の成立は、混乱した食品市場の正常化に貢献するものとなりました。
 消費者は、言葉だけのHealthyを追うのではなく、前述したような全粒穀物製品にとどまらず、原材料を含めて自己の健康管理に寄与する食品を求めるようになり、これらの動きを受け止めて、家庭外食料の供給者は、健康に配慮した食材の調達や調理方法の改善に努めてきました。
 この報告書は、このように、消費者・供給者双方が同じ方向を向いて動き始め、その潮流が加速されようとした時期に不況に遭遇したため、あたかも、不況が家庭外食料支出を節約させ、そのことが質の高い食生活を実現したかのように誤解しがちであるが、それは誤りであると結論付けています。
 ただ、その一方で、数値としては大きい変化ではないものの、不況を契機に家庭での食事機会が増え、家庭で調理する傾向が見られることは、食生活の質を高め、健康的な効果をもたらすものであるとの期待を込めています。そこには、過去の多くの調査・研究が示してきたように、家庭外食料には栄養的に家庭内食料に及ばない面があることを否定するものではないことを意味していると考えられます。
 不況による失業の増加と所得の低下が家庭外食料摂取を減らし、そのことが食生活の質の改善をもたらしたと短絡する誤解は戒めねばなりませんが、食生活を過度に外部に依存することが好ましいものでないことの理解を求めているように見えます。

 アメリカの経済は不況を脱し、失業率も改善の方向に向かっています。食料支出額は再び増加に転じ、家庭外食料の消費は不況前の水準にほぼ戻り、これからも徐々に増えていくことが見込まれます。「食生活の質の改善が失速するのではないか?」という疑問がよぎりますが、報告書は、家庭外食料の消費が再び増えることを否定しないが、これまで継続されてきた「より健康的な食料品を求める」という人々の意思は更に強くなっており、その流れが絶えることはないと主張しています。その一つの理由として、2010 Patient Protection and Affordable Care Act(日本では、「医療保険改革法」と訳され、アメリカでは「オバマ・ケア」と通称されています。)において、20店舗以上を有するレストラン・チェーンは、それぞれの標準的なメニューにカロリー表示を義務付けているので、家庭外食料の摂取機会が増えるとしても、消費者はより低カロリーあるいは健康的な食事を選択することができるようになることを挙げています。
 しかし、食事の質を高めるために役立つMyPyramid Planを、日常の食生活に取り入れようとする成人の割合はまだ50%未満であることを踏まえ、これからも食生活と健康ということについて一層の啓発を続けることが重要であると述べ、2011〜12年度の健康栄養調査がまとまれば、今回の報告を継続する検証を試みる予定であるとして報告書を締めくくっています。

図5 アメリカ農務省が推奨しているMyPyramid Plan

図5  アメリカ農務省が推奨しているMyPyramid Plan

資料:アメリカ農務省Websiteから

 経済指標と食生活の変化から、「不況が食生活の質を高める」のではないかとされた疑問は、常識的な結論で締めくくられました。しかし、家族団欒の増加など、不況と全く無縁でないことも明らかにされました。この報告書の続編が、どのような結論を導くのか期待を込めて待つこととしましょう。

 このINFORMATIONは、2014年1月16日に公表されたアメリカ農務省「勤労世代の食生活形態と食事の質の変化、2005〜2010年(Changes in Eating Pattern and Diet Quality Among Working-Age Adults, 2005〜2010)」(報告責任者:Jessica E. Todd)を基に、過去の知見を含めて取りまとめたものです。掲載に当たってはアメリカ農務省の許可を得ています。報告書の翻訳は、一般社団法人日本植物油協会の責任において行っています。

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