4.おわりに
 今回の脂質所要量は、現時点ではおそらく世界の規範となるものと判断できる。しかし、新しい情報は絶えず提示されており、より科学的な根拠に富む所要量へと改定されていくことであろう。科学に進歩は不可欠である。
 脂質を巡る環境は次第に複雑化し、それに呼応する検討も必要となってきている。そのため、トランス酸(注21)、中鎖脂肪(注22)、酸化コレステロール(注23)、構造脂質(注24)、ジグリセリド(注25)、共役リノール酸(注26)、植物ステロール、食物繊維などについてもかなりの検討が加えられた。詳細は報告書にまとめられる予定であるが、これらの成分は通常の摂取量ではとくに問題とはならないと理解してよい。
 食事脂肪の量や質が、ヒトの健康に大きな影響を及ぼすことは広く認識されている。したがって、日本人の脂質摂取レベルを反映したヒトでの実験で、脂質の最適摂取量を求めることが必須の要件である。このもっとも基礎的で、栄養学の本質に迫る課題への取り組みが持続できるように、今回の検討委員会ワーキンググループのメンバーは長期間にわたって所要量問題に取り組むことができる研究者が選ばれている。脂質栄養における悩みを払拭できるよう、今後の進展に大いに期待している。
注21: トランス酸とは、マーガリンやショートニングの製造の場合のように、植物油などの液体油を固める際に生成する脂肪酸である。反芻動物の脂肪にも少量ながら含まれる。多く摂取すると血清の悪玉コレステロー ル濃度を上昇させ、善玉を低下させることから、欧米では警戒されているが、日本人の場合は摂取量も少なく問題とならない。
注22: 脂肪酸の炭素鎖数が8~12のものを中鎖脂肪酸と言い、この脂肪酸から構成されているトリグリセリド(脂肪)が中鎖脂肪である。吸収されやすく、肝臓に運ばれてよいエネルギー源となるため、消化器系の異常時や術後の脂肪源として使われている。
注23: コレステロールが酸化を受けると、種々の酸化コレステロールが生成する。体内では強い生理活性(動脈硬化・発癌・免疫異常など)を示すものがある。脂肪酸の場合と同様に、ビタミンEなどの抗酸化剤で酸化は防止できる。
注24: トリグリセリド(脂肪)はグリセロール(グリセリン)に脂肪酸が3個結合した構造を持っているが、特定の脂肪酸が特定の位置に結合して、特徴的な生理活性(易吸収性、易代謝性など)を発現するものを、とくに構造脂質と呼んでいる。最近では低カロリー脂質(例えばサラトリムなど)として利用されている。
注25: トリグリセリドは3個の脂肪酸が結合したものであるが、2個結合したものをジグリセリド(ジアシルグリセロール)と言う。最近、ジグリセリドは低カロリーで体脂肪がつき難いことや植物ステロールの血清コレステロール濃度低下作用を強めることが知られ、特定保健用食品として認可されている。
注26: リノール酸の異性体(構造を異にするもの)である。牛の肉や乳の脂肪中に含まれ、非常に広範な生理活性(抗癌・抗動脈硬化・肥満防止、免疫機能調節など)を示す。
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