タイトル

 中国の農業と食品産業は今、大きな転換点を迎えています。そのポイントは3点で、1「中国経済発展戦略の転換」、2「農業発展戦略、農政の転換」、3「農産物市場の開放と食品産業の振興」です。


●制度で規定された二重構造社会

 経済発展戦略の転換の狙いは「社会の二重構造」から調和の取れた一元的社会を目指すことです。中国の人口のうち約6割は農村エリアに住んでいます。子供の人口の約7割、公務員の約7割が農村に住んでいます。しかし、農村が得ている財政収入は全国の約2割。つまり農村部に使われている富は2割だけで、残りの8割は都市部に集中しています。

 北京や上海を訪れた方は「中国は先進国になった」と感じるでしょうが、内陸の農村部に来るとまったく状況は変わります。異なる税制、戸籍制度、福祉制度などによって二重の社会構造になっており、人為的に作られた制度の中で中国は二つに分断されていると言えるのです。

●税制の不備がもたらした財政の二重構造

 中国の行政区画は国・中央、省、市、県、郷鎮の5段階に分かれており、県と郷鎮は農村エリアにあります。この郷鎮エリアに作られた企業が「郷鎮企業」です。二重の社会構造の厳しい戸籍制度の下で、農村戸籍の人は都市部へ移住する自由がないため、農村エリアは大量の余剰人口を抱えています。その余剰人口に雇用の場を与えるために作られたのが「郷鎮企業」です。中国では94年、財政政策の大幅な転換がありましたが、農村エリアではかえって財政に乏しい状態が生じました。税制の改革によって富を中央に集中させる反面、地方交付税制度が構築されなかったことがその理由です。

 こうした農村エリアの人々のための義務教育やインフラ建設などの公的サービス資金をまかなうため、2000年までは、さまざまな費用の徴収がありました。たとえば農業特産税です。教育費や道路建設などのために、農家では生まれたばかりの赤ちゃんから90歳、100歳の老人まで、すべて頭数分の費用を徴収したのです。これには農家からの反発が大変強く、社会不安も増幅したため、2002年には一度改革されて費用の徴収をすべてなくし、税金も統一されましたが、今でもやはりまだ高い税金が取られています。たとえば穀物にかけられる農業税は約3%ですが、穀物以外の野菜や果物、家畜にかけられる農業特産税は8~30%で、平均15%に及びます。つまり穀物を作らずに換金作物である野菜や果物を作るペナルティとして、高い税金がかかるわけです。

●穀物生産を守るための農業税

 一方、穀物にかかる農業税は、いわば豊作でも凶作でも税金を取る地租とも言うべき税です。中国では都市部のサラリーマンは所得が800元以下なら累進課税の対象になりませんが、農家は収穫がない場合でも税金が賦課されるので、借金をして支払わなくてはなりません。この地租にも似た税制は、穀物生産を守るために必要なものとして構築されました。
82年に政府が人民公社を崩壊させるまでは、穀物の生産は国、つまり人民公社の計画の下で、省に対する割り当てなどが行われていました。人民公社崩壊後は、農地の使用権を付与し耕作を農家に請け負わせる制度に変わりましたが、やはり中国の農政は穀物を中心におかざるを得ず、このような税制が生まれたのです。

 2002年に一度改革が行われたとはいえ、特定の産業に対して特定の税金が課せられるのは前近代的な制度と言わざるを得ません。そこでもう一度改革を行い、昨年から全般的に農業税をなくし、これからは他の産業と同様に、農産物も流通段階で税金を取る方向に向かうことになりました。つまり農家もサラリーマンと同様に所得が800元以上になれば税金が賦課されるということです。このように農村においても都市部と同じ税制転換しようというのが2004年以降の大きな変化の一つなのです。

●社会安定の維持が経済の持続的発展の基本

 中国経済発展戦略の転換は、大幅な経済発展戦略の転換だけでなく、国家戦略の転換でもあります。これまでは都市部優遇の政策を取ってきましたが、昨年からは農家の利益も公平に重視し、中国人は同じ制度の下で一元的な社会制度を構築していくことを目指しています。その狙いは社会安定の維持です。もう一つの目的は経済の持続的発展、別の言葉で言うと経済成長方式の転換です。さらにもう一つは産業構造の調整と最適化ということでもあります。今まで中国は投資牽引型でした。経済発展で投資牽引が強いということは、内需が少ないことを意味します。先進国では内需(個人消費)がGDPの7割を占めており、その中で比較的少ない日本でも6割以上ですが、中国ではわずか4割にすぎません。(「GDP内訳の比較」のグラフ参照)内需が少ないということは、国内の消費力が不足していることを示しています。したがって、投資して生産されたものを輸出に回さざるを得ないのですが、それでは投資が長続きしないという問題が生じます。

 この内需の足を引っ張っているのが農家の消費不足です。人口の約6割を占める農村部の消費はGDPのわずか18%にとどまっています。人口の2/3が、わずか1/5しか消費していないということは、農村部では所得が低迷し、内需不足をもたらしていることを意味しています。これが中国の抱える問題です。さらに中国の経済の構造的問題として、第二次産業のウェイトが最も高く、第三次産業のウェイトが他の発展途上国に比べても低いことが挙げられます。このため、政府は加工業を含めたサービス業に重点を置いて政策誘導していく方針を取っています。それは、これらの分野で大量の労働力を吸収できなければ、中国の持続的成長はないと意識していることを示しています。

●農業の過剰就業と農産物価格の低迷

 中国の農家の所得が低い理由の一つに、農業が過剰就業構造にあることが挙げられます。GDPに占める農業のウェイトは約15%であるのに対し、全労働力に占める農業労働力の割合は約半分です。

 もう一つの理由は、農産物価格の低迷です。農産物価格は、97年から2003年までずっと前年比マイナスの状態が続いています。GDPの成長率は、天安門事件で経済がストップした89年こそマイナスになりましたが、25年間の平均成長率は平均9.3%でした。一方、84年以降の農業生産の伸び率は3%に過ぎませんでした。これも中国の農業エリアが抱えている問題です。

 つまり農産物価格が上がらないと所得が低い→所得が低いと購買力がない→購買力がないと作ったものが余って過剰となる・・・そういう悪循環が農業エリアに存在しているわけです。農業エリアが1億5000万人もの余剰人口を抱え、農業所得の不足という背景の下、中国の経済成長の足を引っ張っているものの一つが内需の不足なのです。そのため今後は制度を整備して、農家の所得を引き上げていくことが重要で、実際、昨年から農家の余剰人口を農外へ移出させていく政策の大きな転換が見られます。

MENUNEXT