肥満とそれを背景とした2型糖尿病は世界規模で増加の一途をたどっており、その分子病態の解明と有効な予防・治療法の開発が早急に求められています。脂肪酸は生体膜の構成成分、生体膜の流動性の調節、エネルギー源、生理活性脂質の原料などとして細胞の生命活動に必須です。しかし一方で、脂肪酸の過剰な蓄積は細胞・臓器の重篤な機能障害を招きます。肥満では栄養の過剰摂取、インスリンの作用不足による脂肪分解の亢進、脂肪酸合成の活性化などにより、血中および臓器内に脂質の過剰蓄積が生じます。それにより惹起される細胞・臓器での機能障害は脂肪毒性とよばれます。脂肪毒性により引き起こされるインスリン抵抗性、インスリン分泌不全、ミトコンドリア機能障害、炎症、細胞ストレスといった種々の細胞機能障害が2型糖尿病の発症機序として提唱されていますが、最近では、我々の研究をはじめとして、蓄積する脂肪酸の「量」のみならず脂肪酸の鎖長や不飽和度、その組成といった脂肪酸の「質」もメタボリックシンドロームに関与することがわかってきました。
我々は、脂質の「質」に着目し、脂質合成転写因子SREBPの標的遺伝子として脂肪酸伸長酵素ELOVL fatty acid elongase 6 (Elovl6)をクローニングし、本酵素が炭素数(C)12-16の飽和および一価不飽和脂肪酸を基質とし、C18の脂肪酸であるステアリン酸(C18:0)、バクセン酸(C18:1n-7)、オレイン酸(C18:1n-9)を合成するリポジェニック酵素であることを明らかにしました。さらに、Elovl6欠損マウスや組織特異的Elovl6欠損マウスを用いた研究から、Elovl6の生理的役割とメタボリックシンドロームとの関係に関して以下のような知見を得ています。
- 1)Elovl6欠損マウスの各臓器では、野生型マウスと比較してステアリン酸およびオレイン酸が減少し、パルミチン酸、パルミトオレイン酸、バクセン酸が増加する。
- 2)Elovl6欠損マウスに高脂肪食を与えると、野生型マウスと同様に肥満と脂肪肝を呈するにも関わらず、インスリン抵抗性が改善する。これは、肝臓における脂肪酸組成の変化がinsulin receptor substrate (IRS)-2/Aktシグナルを保持し、ジアシルグリセロール/PKCε経路を抑制することによるものである。
- 3)2型糖尿病モデルdb/dbマウスにおいてElovl6を欠損させると、膵β細胞量が増加し、インスリン分泌量が増大するために、2型糖尿病の発症抑制が認められる。その機序として、Elovl6の阻害はパルミチン酸よりもさらに鎖長が長く毒性の強い飽和脂肪酸およびインスリン分泌不全を引き起こすオレイン酸を減少させることにより、肥満にともなう代償性インスリン分泌を維持することが考えられる。
- 4)肝臓においてElovl6はセラミドの側鎖長の制御に重要であり、肝臓特異的Elovl6欠損マウスではC18:0-セラミドが減少することによりプロテインフォスファターゼ2Aの活性が減少し、インスリン感受性が亢進する。
Elovl6欠損マウスおよび肝臓特異的Elovl6欠損マウスの研究結果は、Elovl6が制御する脂肪酸の質の変化は、2型糖尿病の病態基盤に重要な影響を及ぼすことを示しています。Elovl6を標的とした脂肪酸合成系への適切な介入により、肥満において蓄積する脂質の「質」を適切に制御することができれば、それは生活習慣病の新たな予防・治療法となる可能性があり、今後のさらなる研究の発展が期待されます。
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