新たな段階を迎えた植物油の国際需給
2.旺盛な需要が継続する油糧種子と植物油の市場

(2)拡大を続けるバイオディーゼル

 食用以外の分野では、バイオディーゼル(BDF)の動向が油糧種子と植物油の国際市場における影響力を拡大してきました。Mielke氏は、2010年の世界のBDF生産量は1,890万トンに達したと推計されています。2003年のBDF生産量は150万トン程度と見込まれていましたので、わずか7年間で10倍以上の規模に膨張しました。
 一時期、BDFブームに乗って世界で多くの工場が建設されましたが、現時点でのBDFの生産能力は8,000万トン程度と推測されています。もし、これらが高い稼働率を求めることとなれば、世界の植物油需給はいま以上の逼迫状態になることは明らかです。
 OECD/FAOが毎年行っている農産物の需給予測(Outlook)では、「BDFに利用された植物油は2007年には全体の7%であったが、2017年には17%にまで高まることになるだろう」という予測を示し、食用向け供給に打撃を与える可能性のあることを示唆しています。このような示唆は以前にもFAOが行い、貧困な途上国の食料を奪うことの是非を問いかけたことがありますが、事態はなお拡大に進んでいることが明らかにされました。
 BDFを世界に先駆けて推進してきたのはEUで、ドイツ、フランス等の国で生産が増加を続けています。2009年には、植物油総消費量の30%がBDFに振り向けられ、菜種油ではBDFが主な用途となるに至っています(表3)。EUのBDFには長い歴史があります。ウルグァイラウンドの収斂をもたらす大きい転機となったのは、1992年11月にEUとアメリカの間で交わされたブレア・ハウス合意でした。この合意の基調となる議論はEUの油糧種子生産を巡るもので、その作付面積に上限を設けることを内容としていました。ただ、食用以外の用途に振り向けられる油糧種子は、制限の対象としないことが確認されていたのです。当時、EUは参加国の拡大問題を抱えていましたが、新たに加盟するいくつかの国では、油糧種子が農業の主産物となっていたことから、作付面積に制限を設けることはEUにとって厳しい試練でした。植物油を燃料にする構想はその頃からEU内部で芽生えており、地球温暖化ガス削減計画を合意した京都議定書で、EUがバイオ燃料をその埒外に置くことを強く主張した背景となっています。


【 表3 EUにおける植物油利用の変化 】

(単位:百万トン)
  2005
暦年
2006 2007 2008 2009
総消費量 24.45 26.92 28.16 28.99 30.02
 燃料向け利用 3.62 5.99 7.29 8.25 9.52
バイオディーゼル 2.89 4.88 6.02 7.39 8.4
発電 0.35 0.53 0.44 0.38 0.8
直接利用 0.38 0.53 0.83 0.48 0.32
 その他の利用
 (主として食用)
20.83 20.93 20.87 20.74 20.5
資料・注:表1に同じ

 南米でもBDFの生産は増加しています。2010年には、南米のBDF生産量は400万トンに達したと見込まれ、2011年にも更に増加することが予想されています。
ブラジルでは、さとうきびを原料とするバイオエタノールが先行していましたが、かなり以前から大豆油の燃料利用を検討してきた経緯があります。2005年に燃料へ2%のBDFの混入を認めた政府は、2008年にそれを義務化し、2010年には一挙に5%の混入を義務化し、同国のBDF産業を活気づけるものとなりました。
 アルゼンチンにおいても、政府による大豆の高付加価値戦略の一環としてBDF生産振興の方向を示していたのですが、実際にBDF工場を建設したのは政府が期待した地元資本ではなく、カーギル等の大手5社に止まりました。このため、国内におけるBDF普及のもくろみに誤算が生じましたが、現実に稼働した工場は、BDFに有利な差別輸出税(大豆油35%、BDF17%)を活用し、EU向け輸出を志向することになりました。特に、アメリカ政府が実施していたBDF助成金(1ガロン当たり1ドル)がEU向け輸出にも適用されていたことを活用し、アルゼンチンで製造されたB99(BDFに1%の軽油を混合したもの)を一端アメリカに輸入された形をとり、そのままEUに輸出する(この手口は、Slash & Dashと称されました)ことによって、この助成金を得ることができたこともBDF輸出に追い風となりました。同国では、2010年から国内自動車用軽油燃料へ5%のBDFを添加することを義務付ける政策を開始し、国内でもBDFの消費が増加すると見込まれます。有利な差別輸出税を活用した輸出との相乗効果が期待されることから、今後のBDF生産に拍車がかかることが予想されています。
 これらの結果、ブラジル、アルゼンチンともにBDF生産が拡大しており、大豆油の輸出が抑えられるのではないかとの懸念が広がっています。


【 表4 ブラジル、アルゼンチンの大豆油の動向 】

(単位:百万トン)
  2007
暦年
2008 2009 2010 2011
(予測)
大豆油生産量          
 アルゼンチン 6.96 6.02 5.77 6.93 7.78
 ブラジル 6.05 6.27 5.90 6.71 6.90
合  計 13.01 12.33 11.67 13.64 14.68
バイオディーゼル生産量          
 アルゼンチン 0.18 0.72 1.18 2.00 2.00
 ブラジル 0.36 1.03 1.41 2.05 2.40
合  計 0.54 1.75 2.59 4.05 4.90
大豆油輸出量          
 アルゼンチン 6.50 5.07 4.56 5.05 5.00
 ブラジル 2.34 2.32 1.59 1.53 1.20
合  計 8.84 7.39 6.15 6.58 6.20
資料:表1と同じ
注 :2011年はISTA Mielke社による予測
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