一般社団法人日本植物油協会は、
日本で植物油を製造・加工業を営む企業で構成している非営利の業界団体です。

植物油サロン

食に経験や造詣が深い著名人、食に係わるプロフェッショナル、植物油業界関係者などの方々に、自らの経験や体験をベースに、
食事、食材、健康、栄養、そして植物油にまつわるさまざまな思い出や持論を自由に語っていただきます。

第8回 祖父から孫へ、三代が伝える江戸前の天ぷら ~屋台から始まった老舗の120年~ てん茂 三代目 奥田宣男さん

すべてはお客様のため。舌、目、耳で楽しんでいただきたい

てん茂 三代目 奥田宣男さん

当店「てん茂」の創業は明治18年のことです。私の祖父にあたる初代奥田茂三郎が日本橋の中央通りに面した商店の前で、毎夕出していた天ぷらの屋台が始まりでした。この商店の方は祖父を大変可愛がってくださり、毎日「天ぷら屋が来るぞ」と、お店の前に水を打って待っていてくださったそうです。

明治40年に狭い江戸通りに市電が通ることとなり、道路拡張のため住んでいた家の南側が削られることになりました。このため、祖父は現在地へ移り、これを機会に屋台をやめて店を構えることとしました。屋台を出させていただいたお店は戦災で無くなりましたが、その前を通るときは必ず頭を下げて通りました。その後、震災や戦災、昭和22年の大火で焼失しながらも、現在四度目となる建物で営業を続けてきました。

私が父から店を継いだのが昭和31年のこと。その父をはじめ「てん茂」が代々もっとも大切にしてきたことは、「天ぷらはお客様のもの。すべてはお客様のため」という考え方です。よって、お客様には舌、目、耳などすべてで天ぷらを楽しんでいただけるよう、心を配ります。新鮮で上質な素材を吟味するのはもちろんのこと、油で揚げるおいしそうな音を楽しみ、からっと揚がった姿を目で愛でていただくということです。

たとえば鮎などの魚は衣をつけたら、しっぽを持って油に入れ、“ろうそく揚げ”にするのがふつうです。でも当店では頭と尾にはころもを付けず、“姿揚げ”にします。これはワタのある腹をよく揚げることに加え、姿を美しく仕上げてお客様に楽しんでいただくためです。また、海老は、ふつう尻尾近くの殻を少し残してむきますが、当店では尻尾だけを残して殻を全部むきます。それは、たとえ海老1尾であってもお客様のものであり、身を全部きれいに食べていただくために必要なことだと考えるからです。

仕入れをするときも、「お客様の代わりに仕入れに行く」という気持ちを大切にしています。天然の魚と違い、野菜など人間が作るものは、いまでは短い日数で見た目は同じものができますが、味や香りは見るだけではわかりません。そういうものは自分で選ばず、それぞれ取引先のプロに任せ、きちんとしたものを選んでもらうこととしています。そのような信頼関係も商売には必要だと思います。だから仕入れ先には「まけろ」でなく、「儲けてくれよ」という姿勢で接しています。相手にしても、まけてばかりではいい品物を納めることもできませんからね。

そのように、信頼できる取引先から仕入れをすることで、結果としてお客様のためにいいものがお出しできると思っています。

もうひとつ大切にしていることは、食事をしているときの雰囲気です。お客様が、「おいしかった」と言ってくださったら、私はこうお答えします。「それは私どもでなく、お連れの方や、お隣のお客様へおっしゃることですよ」と。つまり食べものの味は、雰囲気や食事の楽しさにかかっているということです。そのために、私たちも気楽にくつろいで召し上がっていただけるよう気を配っています。

そして最後に、天ぷら屋とは切っても切れない油です。「てん茂」で使う揚げ油は、ごま油100%。それも生でなく炒ったごまを絞ったごま油です。同じごま油でも太白は透明ですが、炒ったごまの油は茶色く、味も香りも濃厚で、これで揚げた天ぷらは、風味も香りも芳醇です。その濃さは炒り方によって変わります。古いお客様には「昔はもっと濃く炒ったよ」と言われますから、時代によっても変わっているのでしょう。戦後の油不足の時代は、父が持ち込まれたごま油を手の甲に塗ってなめたり、匂いをかいだりしながら相手と話していました。“いいごま油なら皮膚に自然に吸い込まれる”ということを確かめていたのです。

そうして仕入れた油で最もおいしく天ぷらを揚げるため、父には「常に温度を調べろ」と厳しく仕込まれました。油の動きと音で微妙な温度を知るすべを叩き込まれたものです。

100軒の店があれば油も味も100通り。それは大変素敵なことです

ごま油は重いイメージがあるようですが、実際に召し上がったお客様には「もたれないから不思議」と言われます。それはセサミノールやトコフェノールを豊富に含み、劣化・酸化しにくい健康的な油だからでしょう。私は今年78歳になりますが、天ぷらなど揚げものや肉の脂身が大好きです。日常的に油を適度に摂っているおかげか、毎年の健康診断でもいろいろな数値が正常の範囲内で、風邪を引いたこともありません。そもそも植物油は動物油と違い、コレステロールを除去してくれるありがたい油なのです。

私は、東京の天ぷら店の集まりである「東天会」のメンバーですが、東京の天ぷら屋でも、使う揚げ油はさまざまになっています。ごま油100%を使用している店は今ではごくわずかになり、ごま油と他の植物油をブレンドしている店もあれば、ごま油をまったく使わない店もあります。100軒の店があれば油も100通り。私はそれは大いによいことだと思います。それが味の違いや個性を生み、お客様がそれをお選びになるわけです。「今日はごま油で揚げた濃い天ぷらを食べたから、明日は軽い天ぷらにしよう」なんて会話が弾むのは楽しいではありませんか。

そんなわけですから、日本橋界隈はもちろん「東天会」のメンバーである東京の天ぷら屋は代々みんな仲よしです。7~8年前の7月10日(オイルの日)には、日本植物油協会が実施されたイベントに参加して、1万人の方々に天ぷらをふるうという楽しい経験もありましたし、みんなで旅行に行くこともしばしばです。互いが技を競い合うだけではなく、助け合い、盛り立て合って、江戸前の天ぷらの味を守っていきたいと思っております。

プロフィール 奥田宣男

奥田 宣男(おくだ のぶお)

てん茂 三代目

昭和3年生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。

5年間、日本橋の國分商店に勤務し、経理と酒屋担当の営業を経験したのち、昭和31年に「てん茂」三代目を継ぐ。
現在も毎朝、築地魚河岸に足を運び、選び抜いた旬の食材を駆使して揚げる天ぷらが評判で、長年の常連客や著名人のファンも多い。

現在は四代目の後継者となる次男も厨房でともに働いている。

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