一般社団法人 日本植物油協会 社団法人日本植物油協会は、日本で植物油を生産している企業で構成している非営利の業界団体です。

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植物油サロン

食に経験や造詣が深い著名人、食に係わるプロフェッショナル、植物油業界関係者などの方々に、自らの経験や体験をベースに、
食事、食材、健康、栄養、そして植物油にまつわるさまざまな思い出や持論を自由に語っていただきます。

食いしん坊の国”の豊かな食文化を日本へ ベトナム料理家 伊藤 忍さん

ベトナム料理の理想像は「五味・五彩・二香」

ベトナム料理家 伊藤 忍さん

私がベトナムをはじめて訪れたのは1996年のこと。その頃に関西国際空港からベトナムへの直行便が飛び立つようになって、それから数年は旅をしながらベトナム料理の魅力を味わい、2000年にはベトナムに在住し、約3年半の間、ベトナム料理にどっぷりと浸かった生活をしてきました。そこで感じたのは、ベトナム料理は煮付けや汁物、炒め物といった、白いごはんに合うおかずが中心だということ。醤油や味噌をベースとした日本人にどこか懐かしく親しみのもてる料理が数多く、ベトナム人の人柄やシンプルな生活スタイルなど、料理だけでなくその背景も含めて、ベトナムのすべてに魅了されてしまいました。

ベトナム人は「食」を非常に大切にして生きています。そんな彼らの料理や食を取り巻く環境を目の当たりにして、これから先「こういう風に生きていきたい」と思い、ベトナム料理やベトナムの食文化を広めていく仕事をしようと、2004年からベトナム料理研究家としての活動を始めました。

ベトナム料理を食べてみると、いくつかの特徴に気が付かれることでしょう。日本ではタレなどを付けてそのまま食べる揚げ物も、たくさんのハーブや生野菜で包んで食べます。麺料理にたくさんの香草を加えたりもします。全体的に少し甘くて酸っぱい味付けのものが多く、食べる時にレモンを絞ったりすることも。いろいろな料理にトッピングされる、香ばしく炒ったピーナッツやゴマ、揚げねぎ・・・。和え物などに添えられるのは、食感の良い揚げ海老せんべいや、焼いたライスペーパー・・・。実は、これらの料理の特徴は、ベトナム人の考える「料理の理想像」から派生しています。各地域により味付けの好みの違いなどはありますが、ベトナム人は「五味・五彩・二香」を大切にし、料理を作り上げていくのです。

五つの味とは、ヌックマムに代表される「塩気」、レモンなどの「酸味」、唐辛子などの「辛味」、砂糖などの「甘味」、油脂やココナッツミルクなどの「コク味」。五つの色とは「黒」「赤」「青(緑)」「白」「黄」、そして二つの香りとは、ハーブや、ニンニクやしょうがなどの香味野菜などの「香り」と、揚げねぎやにんにく、炒ったピーナッツやごま、焼いたライスペーパーなどの「香ばしさ」のことを表わしています。ひとつのお皿の中にこれらの要素ができるだけ多く満たされている料理こそが、ベトナム人にとって、見た目も味も「おいしい料理」ということになります。日本料理が「素材の味を生かした料理」であるならば、ベトナム料理は「素材に合うように五味・五彩・二香を取り入れた料理」と言えるでしょう。その料理の中にこれらの要素を入れにくい場合は、タレや添え物などで補うのです。。

たとえば「生春巻き」を例にご説明しますと、ベトナムで海老やレタスの入った生春巻き「ゴイクオン」に必ず添えられるのは「ピーナッツ味噌ダレ」。日本ではヌックマムのタレが添えられることがあるようですが、現地では味噌ダレを合せるのが普通です。なぜピーナッツ味噌ダレなのかと言うと、先ほどの「五味」と大きく関係があります。生春巻きに入る素材はどれもサッパリとしていて、コクが足りません。このコクを補うためにわざわざピーナッツ味噌ダレを合わせるのです。味噌の塩気、具に入れる米麺ブン(※ビーフン)のほんのりした酸味、タレに入れる赤唐辛子の辛味、タレに入れる砂糖の甘味、ピーナッツのコク、具の海老の赤、具に入れる野菜やハーブの青、ライスペーパーの白、ハーブの良い香り、ピーナッツの香ばしさ・・・。生春巻き一品を取ってみても、ベトナム料理にはこれだけの魅力が凝縮されているのです。

“調味料文化”を伝えていく使命

ベトナムが持つ歴史的背景も「おいしさ」の秘密と関係があります。ベトナムの民族は、1000年にわたる中国の支配の後に独立を果たしベトナム王朝を成立させます。王朝は入れ代わりながら20世紀まで続きました。また、19世紀末にフランスの侵略をうけ、3分割して植民地統治されました。

このような歴史的背景から、ベトナムの食文化はさまざまな影響を受けてきました。箸や茶碗を使うこと、お茶を飲むこと、白いごはんを主食とすること、粉を加工して麺や餅を作ることなど中国の影響は大きいのですが、一方、フランス統治の時代は、フランス人はベトナム人にコショウ、コーヒー、スパイスなどのプランテーションをさせていました。ベトナムのどんな田舎に行っても、フランスパンとコーヒーを飲む習慣があるのは、この時代から伝わったものです。トマトを使った肉の煮込み料理や生野菜をサラダ風に食べるのもフランスの影響でしょう。このような様々の文化の影響から、独自のベトナムの食文化とおいしさが生まれていったのです。

もともとはラードの文化だったようですが、中華の習慣から炒め物の種類が多いこともあって、最近はラードよりも植物油の方が健康に良いということでベトナムの家庭に欠かせないものとなっています。ねぎ油を焼いた肉にかけて風味付けしたり、ごま油は、炒めものはもちろん、お魚を蒸すときに下味をつけることに使ったり、あるいは、「ベトナム風お好み焼き」という名で紹介される「バインセオ」の生地がパリっと香ばしく仕上がるようにたっぷりと使ってみたり・・・。「ベトナム人は鼻で味わう」と言われるくらい、食べ物の香りを大切にしていますから、植物油がベトナム料理に占める役割は、とても大きいと言わざるを得ませんね。

ところで、ベトナムのヌックマム、韓国のコチュジャン、タイのナンプラーなど、アジア各国には数多くの調味料があり、これらが味作りの基本となっています。ベトナムでは、料理の味付けは控えめにして、タレや調味料を食卓に用意し、食べる時に自分の好みの味に調整しながら食べるのが一般的なのです。そしていろいろな味や食感を積み重ねながら、合わさったハーモニーを楽しむのです。ベトナム人は毎日フォーをばかりを食べている訳ではないんですよ(笑)・・・。ともあれ、これからは昨今のラー油人気ではありませんが、日本でも調味料や植物油を気軽に使っていく文化がもっと浸透していく余地があるのではないか、私もその文化を浸透させる一端を担っていく使命があるのではないかと考えています。日本にある食材でも、調味料や植物油を組み合わせて使えば、今まで以上に料理の味や食べ方の広げていけるのではないかと思っています。

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脳を“快”の状態に切り替えるベトナム料理

私はベトナム人がよく「アン・チョー・ブイ(食べて楽しむ。楽しみのために食べる)」と言うのを耳にしてきました。「食べる」ことを大切にする、食いしん坊のベトナム人ならではの言い方で、お腹が特に減っていなくても、おやつの時間や夜食などの時間に「みんなで何かをたべましょう!」とすすめる時に使う言葉。そこには、ただ空腹を満たすための食事とは異なり、「食べる事を通して、人と人のつながりを楽しむ」という意味が込められています。その相手が家族だったり、また学校の友達、会社の同僚だったりしますが、彼らと食事の時間を共有し、憩いの時を過ごして日頃の疲れや不満を解消するのです。ベトナム人にとって、「食」と「リラックス」は常にリンクしていると言えるでしょう。ベトナム料理は、卓上で野菜やハーブを料理に加えたり、手を使っておかず類をライスペーパーや野菜で巻いて食べたりなど、肉や魚介を食べる時も野菜もたっぷりと取ります。栄養面的にももちろんですが、視覚効果で「ヘルシー感」も味わえるので、気分も良くなります。また、仲間でワイワイお皿を突っついて食べる食べ方なども、リラックス効果や、癒しを生み出してくれます。このように、ベトナム料理は脳を“快”の状態に切り替えてくれるのです。

私の料理教室の参加する生徒さんは、仕事の疲れでフラフラになりながら教室にやって来て、「ここでベトナム料理を食べると元気になるのですよ!」と言って、帰る頃には元気な笑顔に溢れています。ベトナム料理を味わうことでリラックスし、そして元気なエネルギーをチャージしているのですね。その他の生徒さんからも「ベトナム料理を習ってから、普段の料理も、より丁寧に気を入れて作る様になりました!」、「家族に料理が美味しくなったと褒められるようになった!」などとよく言われ、その度に嬉しい思いをしています。

けれどもベトナム料理は、いろいろな味を重ねていくので、何となくではなかなか味がまとまりません。そして卓上で仕上げの味付けをすることも多いので、自分の好みの味を理解していなければなりません。とにかく味覚を研ぎ澄ませなければならないので、しっかり自分の「感覚」を鍛える事が大切なのです。つまりベトナム料理は手間がかかる、でもその分、おいしい。自分に対して手抜きをせずに、どれだけ手間をかけることができるか・・・。日本では簡単・スピーディが料理の合言葉のようになっていますが、休日だけでもベトナム料理にチャレンジして欲しいですね。「ベトナム人がうまいというものはうまい」というのは本当にその通りですし、これからは温暖化もあって日本も東南アジア化して食欲が湧かない季節が伸びていくでしょうから、ほどよくスパイシーなベトナム料理は、日本に確実に浸透していく予感がしています。

プロフィール 伊藤忍

伊藤 忍

ベトナム料理研究家

神奈川県生まれ
山脇学園短期大学、家政科卒業後、クッキングスクールでのアシスタント勤務を経て、(株)食のスタジオ入社。
6年間にわたり、フードコーディネーターとして、雑誌・広告用の料理企画とスタイリング、および食品メーカー向けの販促メニューの企画・開発などを手がける。

2000年にベトナム・ホーチミン市へ移住。料理研究のかたわら、当時ベトナムではまだ珍しい隠れ家カフェ&料理教室「La Fenetre Soleil」の立ち上げに全面参加。 マネージャーとして、カフェでのメニュープランニング、観光客向けのベトナム料理教室のコーディネーションに携わる。
約3年半のベトナム滞在を終え、日本に帰国。
2004年より、ベトナム料理研究家として活動開始。

東京・自由が丘でベトナム料理教室『an com(アンコム)』を主宰。
料理教室の他、テレビ、ラジオ、雑誌、書籍などで幅広く活躍中。 著書:「ベトナムめしの旅」「ベトナムめし楽食大図鑑」、「チェーカフェのベトナムおやつ」、「はじめてのベトナムおかず」(共著・情報センター出版局)「伊藤忍のやみつきアジアごはん」(河出書房新社)

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