一般社団法人日本植物油協会は、
日本で植物油を製造・加工業を営む企業で構成している非営利の業界団体です。

練の技に学ぶ、植物油の生かし方 職人の知恵袋

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「植物油っていろいろあるけれど、使い方がもう一つ分からなくって・・・。」
「あのお店の天ぷらは美味しいけど、家庭であの味を出すのは無理よね・・・。」
「油をもっと上手に使うコツってあるのかしら・・・。」どなたでも、こんな疑問をお持ちではないでしょうか?
確かに、油の使い方は調理方法や素材によって千差万別。お料理の本でも丁寧に解説しているものは少ないように思います。
このコーナーでは、「和・洋・中」の料理の達人に「植物油の上手な使い方、生かし方」をお聞きし、皆様の疑問やお悩みにお答えいたします。
食通をうならせる熟練の技を持つ達人たちの「逸品」。その隠された創意工夫の一端を知るだけで、いつもの料理が得意料理に変身するかもしれません。
そして、変身したお味にご家族のみなさんも大満足!さあ!達人の知恵を知り、四季を通じて「植物油を生かした美味しい料理」をお楽しみ下さい。

第1回 「素材」を見極め、「油」と親和し、「幸(しあわせ)」を揚げる
「素材が主役、衣は脇役」と心得る
「私の天ぷらは、素材の追求」と語る、近藤文夫さん。

『てんぷら 近藤』は、どんな食通も脱帽する天ぷらの名店です。なかでも野菜の天ぷらは逸品!“旬の素材を美味しく”が達人のこだわり。だから、お店に行く時期によって楽しめる味が異なります。

近藤さんは、旬の野菜に羽衣のようにうっすらとした衣をつけ、サクッとした歯触りの天ぷらを流れるような所作で揚げていきます。そのコツはどこにあるのでしょうか?。

「冷水に、500ccに1個を目安に卵を割って溶き、そこに小麦粉を入れて丁寧に溶いてゆきます。衣は練り過ぎるとグルテンが発生してネバネバになってしまうので、泡立て器で八の字を描くように軽く練る程度で十分です。衣の固さは、野菜は柔らかく、海老など魚類はそれよりも固めにするイメージが大切ですね」

まずは、アスパラガスを揚げていただくと・・・。最初に感じるのは、ほのかなごま油の香り。サクッとした口当たりの衣は、口の中では存在を失い、新鮮野菜そのものを食べている感じになります。アスパラガスの「旨み」「香り」「食感」だけを衣で包み込んだような品の良い天ぷらは、油っこさもなく、腹にもたれる感じもありません。

「お湯で茹で上げるのとは異なり、油で揚げる本当の狙いは、アスパラガスの旨みを閉じ込めて“濃い味”に凝縮して仕上げること。素材の良さはもちろん重要ですが、シンプルに野菜の良いところを引き出せる料理・・・それこそが天ぷらなのです。特に野菜には、大地の養分を吸い上げて育った水分の中に旨みがある。これを逃さないために、衣で包んで揚げるのです」

「私の天ぷらは、素材の追求」と語る、近藤文夫さん。

天ぷらの主役はあくまでも素材で、衣はその引き立て役というのが、一貫したポリシー。素材が持つ魅力が隠れてしまうくらいなら、余分な衣は必要無いとの考え方です。

「素材と同等の味なら、揚げない方がいい。アスパラガスでも人参でも、野菜というのは、本来は甘いもの。この野菜の甘みをいかに引き出すかが、私のテーマですから。だから何年この仕事をやっても飽きることはないんです」

と人懐っこく笑う近藤さん。素材と語らい、素材と真摯に向き合う料理人を前にすると、こちらも自然と姿勢が凛としていきます。

素材のみずみずしさは、油の温度で決まる
2つの天ぷら鍋

近藤さんの前には、常に温度の異なる2つの天ぷら鍋が並んでいて、素材ごとに使い分けています。手をかざしただけで油の温度を感じ取ることができ、その誤差は1~2℃という正確なものだそうです。

「野菜と魚は、決して同じ温度では揚げないこと。 野菜であれば170℃~175℃、油に入れると下の方へ降りていき、すぐにフワッと浮き上がってくる位の温度。魚は180℃~190℃、一気にシャキシャキになるように揚げる感覚です。170℃~175℃は水分を閉じ込め、180~190℃は水分をはじき出すという、油の温度の役割を覚えていただくと良いと思います」

火加減には細心の注意を払い、温度が上がり過ぎないように、ときに火を落とします。目前の鍋のアスパラガスからは、「パリッ、パリッ・・・」と水分が抜けていく音が聞こえてきました。

「水分が抜けすぎないように音を聞いて鍋から上げる。このタイミングが重要なんです。素材に含まれている水分の量を、油の温度でコントロールしながらタイミング良く取り出すことで、素材のみずみずしさを損なわないように工夫しているのです」

「揚げたて」をすぐに食べることのできる、揚げ手と客との距離がほどよいカウンター席。

海老の天ぷらの場合は、火を全開にして、油の温度は180℃。水分を出す温度に設定されています。水分が弾けるパリッパリッという音がしたら、もう油から引き上げ、中心部を2~3割程度「生」の状態に仕上げるのがコツ。何故なら、海老の甘みは、火の入っている部分と入っていない部分との間に集中しているからだそうです。

「温度を下げないようにキープすることも大切です。たとえば海老を4~5本一気に入れてしまったら、それだけで温度は下がりますから・・・。手間だとは思いますが、できれば1本ずつ揚げて欲しいですね」

温度がキッチリと決まっていれば、衣の具合は左右されにくいので、あまり気にしなくても良いとのこと。油のチカラを信じて、油に親しみを持って向き合うことが、美味しい天ぷらづくりに欠かせない姿勢であることを教えていただきました。

この天ぷらは、「食べる人を幸せにする」s

『てんぷら 近藤』の食材は、どれも近藤さんが実際に生産地を訪れ、素材はもちろん、野菜なら畑の土や育っている状況まで吟味し取り寄せているもの。絶えず四季を感じさせるメニューは、まったく飽きることがありません。

「天ぷらが本当の意味で和食であるのは、四季を十分に楽しむことができるから。四季それぞれの素材の特性を知ることは使命であり、私の天ぷらは素材の追求なのです」

こんがりと揚がった衣の部分に甘みが凝縮され、絶品として名高いサツマイモの天ぷら。焼き芋のように見えても、決して焼き芋では味わえない、まるで高級スイーツのパイのような食感を楽しむことができる。

高温の油で熱することで素材の旨みをアップし、衣で覆って素材の旨みを封じ込める・・・。「私の天ぷらは素材の追求」とは、この道を極めた近藤さんならではの言葉です。

「料理というのは、ただ美味しいだけじゃ駄目なんです。 素材の美味しさを引き出し、そして料理としての美しさも追求した上で、お客様に感動して頂ける料理でなければ・・・。やはり料理人としては、お客様の喜んだ笑顔を見るのが何より嬉しいですから」

天ぷらは奥が深い。時代によって食材も、味付けも変わっていく。だから一般の家庭でも、難しさも楽しさも含めて、もっと何度でもトライして欲しいとのこと。

「天ぷらにすることを目的としないで、素材を美味しく食べるための調理方法のひとつとして捉えて欲しい。天ぷらとは、旬の素材を美味しくい食べるための手段に過ぎないんです」

近藤さんが常に心掛けているのは、「誰にでも来てもらえる、誰にでも食べてもらえる天ぷら屋」。そして、真心のこもった美味しい天ぷらには、「食べる人を幸せにする」という最高の魅力があることを実感しました。

近藤文夫さん プロフィール 『てんぷら 近藤』近藤文夫さん

1947年5月16日生まれ(62歳)
東京都足立区出身。高校卒業後、1966年、お茶の水「山の上ホテル」に就職。
23歳で「てんぷらと和食山の上」料理長として抜擢され、以後21年間、料理長として活躍。 戦後を代表する歴史小説家・池波正太郎氏が愛した天ぷらを更に極めるべく、43歳で独立し、銀座に『てんぷら 近藤』を開店。
これまで惣菜として扱われていた野菜の天ぷらが一流の料理として広く認められ、ごま油だけで香ばしく軽やかに揚げる天ぷらは、ますます好調。
現在も、自ら旬な素材を探して全国各地の生産者を訪ね歩いている。