植物油で冷凍食品をおいしく食べましょう!
1.冷凍食品開発の歴史

 最初は歴史の紹介から。食品を凍らせて鮮度を保つことは、決して新しい発見ではなく、厳寒の地ではごく普通の自然現象でありましたし、寒天の製造は今でいえばフリーズド・ドライ技術ということになるでしょう。

 しかし、いま私たちが日常的に接している冷凍食品開発の歴史はまだ90年あまりに過ぎません。この短い時間に、缶詰や瓶詰など保存食品の先輩たちを追い抜き、保存食品であるだけでなく現代の食生活を演出する主役の一つにまで成長しました。

 冷凍食品のお話を、社団法人日本冷凍食品協会の木村均専務理事から伺いました。

<はじめは、おさかなから>
 日本で冷凍機器を使って本格的な食品凍結が始まったのは、1920年(大正9年)、北海道森町での新鮮な魚介類の冷凍からでした。そして翌年には東京の日本橋魚河岸に冷凍魚として出荷されました。これが事業としての冷凍食品の草分けとなりました。1923年、関東大震災の折には冷凍魚が東京に搬入され、好評を博したと言われています。

<そして、いちご>
 現在の形態に近い家庭用パックとして販売された最初の冷凍食品は、1930年に戸畑冷蔵(現日本水産の前身)が生産販売した「冷凍いちご」でした。これはシロップに牛乳や生クリームを加え、その中にイチゴを漬けたものを容器ごと凍結した製品で、大阪方面で販売されました。その後、冷凍食品は陸・海軍の軍需物資として利用されるようになりました。今で言う業務用製品としての走りということになるのでしょうか。しかし戦時中、一般への製品供給は途絶えることとなりました。

<白木屋デパートでの復活から南極へ>
 戦後、冷凍食品が新たな形で復活したのは、1948年に日本冷蔵(現ニチレイ)が日本橋の白木屋(しろきや)デパートで試売した食肉の調理冷凍食品でした。さらに1951年には冷凍みかんの生産が焼津で始まり、米国に輸出されました。その後、枝豆、いんげんなどの農産品やエビフライ、茶わん蒸しなどの調理品の冷凍食品が次第に増え、1954年には、魚のフィレ、コロッケなどの冷凍食品が学校給食用に採用されました。
 そして1957年、第一次南極観測隊(テレビドラマで話題になりました)の越冬用食料として、70種類、20トンの冷凍食品が観測船に積み込まれ、高い保存性とおいしさで南極での厳しい越冬生活を陰で支える役割を果たしました。

<東京オリンピックが飛躍のきっかけに>
 1964年、アジアで初めて開催された東京オリンピックは、冷凍食品の技術を発展させる大きな契機となりました。世界各国の選手が集う選手村で、多様で大量の需要に応えるため冷凍食品が採用され、企業は優れた製品開発に邁進した結果、冷凍食品の優れた特性が最大限に発揮されることとなりました。このとき総料理長として陣頭指揮に当たられた方が村上信夫氏(後に帝国ホテル料理長)でした。この経験がホテル、レストラン、学校給食などの業務用分野に冷凍食品の利用が広がる大きなきっかけとなりました。

<冷凍冷蔵庫の普及で家庭食へ発展>
 「電気冷蔵庫」というと首をかしげる方が多いかもしれませんが、このころテレビ、洗濯機と並んで家庭の三種の神器として急速に普及したのが電気冷蔵庫でした。それまでの氷で冷やす冷蔵庫と異なり、電気冷蔵庫が備えていた冷凍機能が冷凍食品の家庭への普及を推進する要素になりました。電気冷蔵庫の普及率が50%を超えたのは1965年、90%を超えたのは1971年でした。同時に流通革命が進む中でスーパーマーケットが大きく伸長して冷凍食品売場も拡大し、工場〜お店〜家庭を結ぶ冷凍チェーンができ上がります。これによって家庭用商品が急速に浸透し始めました。ちなみにその頃にはエビフライ、コロッケ、シュウマイ、ギョーザ、ハンバーグが五大商品として注目されましたが、これらが現在でも家庭用冷凍食品の主力商品となっています。
 これらの品目の多くは、植物油との相性が良いものです。ちょうど日本人の食生活が米・魚・野菜中心から、畜肉、乳製品、油脂などが加わった食生活に大きく転換し始めた時と軌を一にしています。

<“レンジでチン”で更に躍進>
 電気冷蔵庫の後を追って家庭の調理器具として普及したのが電子レンジでした。その普及率は、1979年に30%、1987年には50%を超えました。電子レンジの普及は冷凍食品の開発に大きな影響を与えました。レンジで簡単に解凍調理できる冷凍食品の開発が進み、冷凍食品の最大の特徴である簡単・便利な調理に拍車がかかりました。今では当たり前になった“レンジでチン”ですが、広く普及した歴史はまだ30年足らずです。

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