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 「どの料理に、どの油が適しているのですか?」というお尋ねも非常に多いものの一つです。有名なレストランや料亭で、“うちは、この油しか使わない”というこだわりをよく耳にしますが、こういったこともご質問の背景にあるように思います。しかし、それぞれのお店の味を保つためのこだわりと、ご家庭で多様な食味を愉しむ場合とでは考え方が異なってもよいのではないでしょうか。私たちは、「“どの料理に、どの油”というように固定的にお考えになるのではなく、いろいろな油をお試しになって、ご家庭の味を作ってはいかがですか?」とお答えします。

 “イタリア料理にはオリーブ油”は定番のように見えます。イタリアはオリーブ油の産地で、誰もが手軽にオリーブ油を手に入れることができるので、いろいろな料理に用いられ、その結果が、イタリア料理にはオリーブ油という定番が出来上がりました。しかし、イタリアで消費される植物油のうちオリーブ油は40%程度です。このことは、オリーブ油だけではなく様々な油が上手に利用されていることを示しています。オリーブ油以外の植物油を用いたイタリア料理も少なくはないのではないでしょうか。

 このように、それぞれの国で手に入れやすい油が、それぞれの料理を特徴あるものにしてきました。例えば、マレーシアでは、植物油消費の95%がパーム油、アメリカでは同じく80%以上が大豆油です。例外もあります。アルゼンチンは大豆の大生産国ですが、国内で消費される油のほとんどはひまわり油です。アルゼンチンは伝統的なひまわり生産国でしたが、最近では輸出産業として大豆の生産が拡大しているためです。

 このような、それぞれの国における原料生産の相異が、それぞれの国独自の料理と味を演出していると言っても過言ではないでしょう。

 “天ぷらにはごま油”というのも定番のように聞こえます。しかし、これは東京を中心とする関東地域のもので、関西では、綿実油やサラダ油(主に、大豆油と菜種油)が天ぷらに使用されています。関東の天ぷらがやや茶色っぽいのに対し、関西では無色あるいは薄い黄色を特徴としています。食べ比べると、同じ天ぷらとは思えない味になっています。国土面積の小さい日本においても、地域によって素材の味の愉しみ方が異なっていることがよく分かります。

 例えば同じ白身の魚でも、オリーブ油で揚げればイタリア料理、パーム油で上げればマレーシア料理、サラダ油で揚げればおなじみの魚フライという具合になります。

アメリカでは、大豆油に水素添加を行った油を使用することが一般的です。したがって、同じ大豆油で揚げても、アメリカの 場合はころもがパリッとしたクリスピーな歯触りの魚フライになります。つまり、同じ食材を用いても、油をかえることによって多様な味を愉しむことができるということですね。

 家庭は料亭やレストランではありません。有名料亭のように、変わらぬ伝統の味を守り続ける必要もありません。「うちは煮切り醤油しか使わないよ!」という寿司屋がありますが、醤油の方が好きな方もいるわけで、“寿司に煮切り醤油”は、あくまでもその店の味であって、定番ではありません。もっとも、寿司にマヨネーズをつけて食べる若者には眉をひそめる方も多いと思いますが、少量のオリーブ油をたらして食べるのも、ちょっと変わった味覚でお奨めです。“和食にオリーブ油”が定番のご家庭が出てきてもおかしくはないのかもしれません。

 それぞれの植物油は、特徴ある風味や香りを有しています。料理と油の組み合わせを固定的に考えるのではなく、いろいろな料理にそれぞれの風味や香りを試してみて、我が家の定番となる油の利用法を編み出すのも良いと思います。同じ料理でも、ワインを飲むときはオリーブ油、日本酒を飲むときはごま油などという使い分けも楽しいのではないでしょうか。
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