特集“春”を味わう天ぷら
 最近、「スローフード」という言葉を耳にするようになりました。食べたいとき、すぐに、一定の味の食べ物を口にする「ファストフード」化の流れを見直し、その土地で採れたものを、その食材に最も適した方法で調理し、時間をかけてゆっくり味わおうというのが「スローフード」。あわたただしさのなかでつい人間性を見失ってしまいがちな現代生活を、まず食生活から修復していこうという考え方です。
 そういえば、家庭の食卓をふりかえっても、その土地ならではの味や季節の旬の味を料理するということがずいぶん減っているのではないでしょうか。四季があり、海の幸、山の幸と豊富な食材に恵まれた日本の食卓がそれでは、悲しいかぎりです。
そこで今回は「これぞまさにその土地ならではの季節の味」ともいうべき『山菜の天ぷら』と『花の天ぷら』を取り上げてみました。日本の家庭の食卓が豊かさを取り戻す、ささやかなきっかけとなれば幸いです。

◆山菜を天ぷらで味わう
■山菜とは
 山菜とは、山地や原野などに育つ野生の山野草類を指します。季節ごとに違った味わいを提供してくれる自然の恵みとして、日本人はいにしえの時代からその味を楽しんできました。また、栄養的にも欠くことのできないもので、特に春の山菜は冬の間に不足しがちな緑の野菜を補うためにも必要なものでした。百人一首に登場する「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」(光孝天皇)の歌も、まだ雪の残る早春に山菜を食すことで栄養バランスを保とうとした昔の人の知恵が背景にあるのです。
 山菜の栄養について、もう少し触れてみましょう。栄養面でまず優れているのは食物繊維。例えば“ふきのとう”は100グラム当たり6グラム以上の食物繊維が含まれており(科学技術庁「資源調査会報告」)、これはキャベツやほうれん草を大きく上回ります。
 また、山菜には薬効を持つものも少なくありません。例えば“ふきのとう”の独特の苦味の成分であるタンニンは、消化を助けるとともに、消炎や抗菌効果があるのでせき止めにもなります。“ウド”の香り成分であるジデルベンアルデヒドは大脳皮質に働いて血液循環を良くして疲労回復に役立ったり、不安定な気分を落ち着かせる効果が期待できます。
 こうした薬効成分は、厳しい自然のなかで山菜が育つための自衛作用として生じたものといわれています。言うなれば、山菜を食すということは山菜が育っていくためのパワーを私たちが受け継ぐということ。私たちもまた自然の一部だということがあらためて思い起こされます。ただし、山菜の成分のなかには採り過ぎるとかえってよくないものもあります。例えばワラビには、ビタミンBを破壊する酵素があるということが言われています。しかし、毎日大量に食べなければ問題はありませんので、季節の味として楽んでみてはいかがでしょうか。
■山菜料理の楽しみ方(下ごしらえと調理法)
*山菜を摘むときの心得
野山に出て山菜を摘むときには、気をつけなければならないことがいくつかあります。
●植物採取が許可されている場所で採る
個人の所有地はもとより、国立公園等では植物の採取は禁止されています。
●できれば詳しい人に同行してもらう
野山の植物の中には有害なものもあるので、慣れないうちは、食べられる山菜を見分けられる人と一緒にいってもらうのがベターです。
●根こそぎ採らない
食べる部分を食べられる量だけ採るのが基本ルール。来年もまた同じ場所で育つよう、むやみな採取は慎みましょう。
 山菜の食べ方に話を移しましょう。山菜は独特の苦味や香りの強いものが多く、それが山菜のおいしさでもありますが、あまり強すぎてはやはり食用に適しません。そこでおいしく食べるために、あらかじめアク抜きなどの下ごしらえをします。山菜の種類によって、ゆでて水にさらす、ゆでて干す、重曹などのアルカリ液につけるなど、適した処理方法が異なります。
 山菜は鮮度の劣化が激しく、採ってから時間がたつと“えぐみ”が出るなど、どんどん味が変わってしまいます。おいしく食べるためには、採ってすぐに食べるのが理想。ハイキングがてら山菜を摘みアウトドア料理で食べるなどという楽しみ方ができれば申し分ありませんが、そうはいかない場合もなるべく早く下ゆでするなど、手に入れてすぐに調理することが大切です。
■山菜の天ぷら
 さて、いよいよ本題の「山菜の天ぷら」です。山菜の料理法は、おひたし、和え物、焼き物、煮物などといろいろありますが、揚げ物はとりわけ山菜に適した料理法といえます。なぜなら、山菜の栄養分の多くは水溶性のため、ゆでると流れ出てしまいますが、天ぷらは揚げることでアク抜きもできて、多くの場合下ゆでの必要はありません。ですから、栄養を逃がすことなく食べることができるのです。また、油はそのマスキング効果でクセの強さをマイルドにおいしくしてくれます。町で売られている山菜は採れてから時間がたっているために多少の“えぐみ”が出ていたりしますが、そんな場合でも、油を使った天ぷらならおいしく食べられます。手間がかからずおいしくできるという意味で、天ぷらは山菜料理初心者にもトライしやすい調理法と言えますね。
 そのコツは、クセの強い山菜には薄い衣を、淡い味わいの山菜には厚い衣をつけます。揚げ油は、山菜の香りを生かすためになるべくクセのない油、サラダ油などがおすすめです。
■山菜あれこれ
 山菜は、実に200種近い種類のものが知られています。たいていの山菜が天ぷらにできますが、とくにおすすめのものをいくつか書き出してみました。手に入れる機会があれば、ぜひ季節の味を楽しんでください。


<天ぷらにしておいしい山菜>

ウド 野生のウドは味と香りが強い。30cmくらいまでの新芽がおいしい。
くず 根はくず粉の原料。新芽、若芽は天ぷら等でおいしく食べられる。
ふきのとう 雪の下から掘り起こしたぐらいのものが食べ頃。開いたものは苦味が強すぎる。
こごみ 太く、開いていないものが天ぷら向き。
よめな 主に春の若い苗を食べるが、葉、つぼみ、花も天ぷらになる。
よもぎ 草団子などでなじみの深い山菜。春先の若芽や葉を食べる。
たらの芽 手のひらほど大きなものを天ぷらにすると食べごたえがあっておいしい。
イタドリ 50cmくらいの若芽を食べる。水にさらして天ぷらに。
行者ニンニク ニンニクと同様の香り、辛みがある。
もみじがさ 春の新芽、若い葉を食べる。春菊に似た香りが天ぷらによく合う。
MENUNEXT